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新課程の高校化学で熱化学方程式が廃止されました

 高校理科の学習指導要領が変わりました。いわゆる新課程です。化学分野で特に大きな変化は,熱化学方程式が廃止された代わりに,エンタルピーとエントロピーという用語が新たに導入されました。

高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理科編理数編P103の (2) 物質の変化と平衡(ア)化学反応とエネルギー㋐化学反応と熱・光 には以下の文言が書かれています。

・熱の発生や吸収については、反応熱が生成物と反応物の持つそれぞれの化学エネルギーの総和の差で表せることやヘスの法則を扱う。
・化学エネルギーの差については,エンタルピー変化で表す。
・また,反応熱と結合エネルギーとの関係にも触れる。
・吸熱反応が自発的に進む要因に定性的に触れる際には,エントロピーが増大する方向に反応が進行することに触れることが考えられる。

高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理科編理数編 P103

 私は,このような新しい言葉を教える際はかなり大きな混乱が生じると思っています。特にエンタルピー,エントロピーという2つの概念は,これまで理系大学の1年生が熱力学で学んでいた内容であり,多くの大学生がここでつまずいてきたのです。

 今回の改訂では,それを高校生に下ろそうというのですから,受験生あるいは関係する高校の先生方や受験産業に関連する多くの人々に混乱が広がると思うのです。

 さらに言えば,この2つの概念の理解は非常に難しい。エンタルピー,エントロピーが理解できたということは,熱力学という物理学の巨大な分野の8割を理解したと言っても過言ではないと思います。本来であれば,理系大学で半年かかる,全15回の講義で行うような内容なのです。そのエッセンスを,高校化学の一単元で教えてね,なんて文科省も随分無茶苦茶言っているなあ,と思うのです。

教科書の内容

 中学校までの理科では,位置エネルギー,運動エネルギー,熱エネルギー,光エネルギーといったように,エネルギーにはいろいろな種類があって,それらがあたかも別々のものであるかのように学んでいます。

 それらの様々なエネルギーの中で,物質の化学反応に関係するエネルギーをざっくりと「化学エネルギー」と呼んでいたのです。化学エネルギーは物質に蓄えられているエネルギーで,化学変化を通じて熱や光,あるいは仕事に変換されるものと理解していたわけです。

 新課程の高校化学教科書はまだ入手できていないのですが,その内容を紹介したある教科書出版会社の資料は入手できました。

 それによると,化学エネルギーは「化学結合,分子間力,物質中の粒子の運動状態などのエネルギーの合計」であると説明されます。そして反応熱は「物質の化学エネルギーが変化する際に物質に出入りする熱エネルギーです」と説明され,その熱エネルギーはエンタルピー変化で表すことができる,とされるのです。

 もうこの時点で何のこっちゃわからない説明になっており,これは大変だなぁと思った次第です。特に問題なのはエネルギーの種類を表す言葉が多すぎる!ということでしょう。中学校まではエネルギーには実に様々な種類があると学んできました。その果てに,エネルギーとは違うエンタルピーという言葉に遭遇するのです。

エンタルピーに関する疑問

 頭の良い子は,推測力を持っています。いわゆる一を聞いて十を知る能力です。今まで,エネルギーに関連する用語は,必ず語尾に「〇〇エネルギー」という名前が付いてきた。ところがエンタルピーはそうではない。だから,エンタルピーとはエネルギーとは違う何かであろう,と思うでしょう。ここで推測力が使えなくなってしまうのです。

 エネルギーという言葉は,現代では日常生活で普通に使われている言葉だから,何となく理解できた。ところがエンタルピーは全く初めて聞く言葉であって,日常生活でも全く使われていない。手がかりが全くないのです。だから「いった何のこと?全くわからない。」と言いたくなるのは,もう仕方がないことなんじゃないでしょうか。

 教科書では物質の持つエンタルピーと化学エネルギーを同じ意味で使っているようです。「なぜ化学エネルギー変化と言わないのか?」という当然の疑問には「発展」で説明がなされています。

 そこでは物質中の粒子の化学結合,分子間力,運動エネルギーの合計を内部エネルギー$${\varDelta U}$$とする,と書かれています。これは理科で言うところの化学エネルギーのことですね。

 次に,エンタルピー変化$${\varDelta H}$$は大気圧$${P}$$が一定という条件で$${\varDelta H = \varDelta U + P\varDelta V}$$という定義式を天下り式に示した後,固体や液体では体積変化$${\varDelta V}$$は無視できるほど小さい,と説明されます。また,気体では,固体や液体の場合より$${P \varDelta V}$$は大きいが常温では著しく小さい,と述べられているようです。

 読めば読むほど,どんどん新しい疑問が湧くのではないでしょうか。それは「なぜ化学エネルギーを内部エネルギーと呼ぶのか?」とか「なぜエンタルピーがこのような式で定義されるのか?」といったことです。特にわからないのは「$${P \varDelta V}$$って何?」ってことです。

 また,変化量$${\varDelta}$$の意味もわからないかもしれません。物理も履修しているならともかく,化学のみ履修している子は熱量$${Q}$$と$${\varDelta H}$$の違いも難しそうです。ネットで検索すると,「熱量とエンタルピーは符号が違うだけで同じものだよ」なんて書いてある。う〜む,もし同じものなら,なんで名前が違うのか。なんだかハッキリしないですね。

 先生はこの辺のモヤモヤを解消してあげる必要がありそうです。教科書には要点が書いてあるけれども,詳しい説明は書かれていないことが多いです。むしろ疑問が湧くように作られているように思います。そしてその説明をするのは先生の役割なわけです。推理小説で最初から犯人を教えてしまったら興醒めであるのと同じなのかなと思いました。

 そこで,次回からは私なりのエンタルピーの説明を試みてみたいと思います。かなり難しい課題ですが,がんばります。応援よろしくお願いします。

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