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中2理科の化学反応式を【理解】する(1) 物質名反応式

中2理科「化学変化と原子・分子」1章「物質の成り立ち」

酸化銀の熱分解

 この単元は小中理科の化学分野における最も重要な部分ですし,化学反応式を初めて学ぶ場面でもあります。ここの理解が理科を好きになるか嫌いになるかの分かれ道ではないでしょうか。映画で言うところのクライマックスシーンであるとも言えるでしょう。そこで化学反応式を中心に,この単元を私なりにまとめてみました。

 まず熱分解の実験から入ります。黒色の酸化銀を試験管に入れ加熱すると,白色の物質に変わるとともに気体が発生します。この気体を水上置換法で集めて線香の火を入れると炎が大きくなること,白色の物質は光沢があり電気を通すことから,気体の正体は酸素,白色物質の正体は金属の銀であると推定します。これを次のように表します。

酸化銀 → 銀 + 酸素

 教科書には載っていないのですが,反応前後の物質名を→と+の記号で結んだ反応式を「物質名反応式」と呼んでおきます。このような化学変化の表現の仕方の背後には,静的な状態と動的な状態を区別するという変化の捉え方があります。より一般的に書くと以下のようになります。

反応前の物質名 → 反応後の物質名

 私たちは物質の変化に目を奪われがちです。しかし理科では変化の「途中」に関心を持っていません。物質名反応式は目の前で起きる変化前後の変化しない状態のみに注目し,それに名前を与えて矢印で結んでいます。

 理科では変化中よりも「変化しないもの」のほうが重要なのです。このように表現することによって,複雑で謎に満ちた変化中の状態については無視し,とりあえず変化を「→」で表すことによって,情報を削り落としているように思えます。

 では「+」はどういう意味でしょうか。数学では前後の数を足し合わせることを意味します。私の勝手な解釈なのですが,物質名反応式における「+」の意味の第1段階は「混ぜる」という意味なのではないでしょうか。というのも,遙か錬金術の時代からずっと,化学実験の基本は2種類以上の物質を混ぜることだからです。

 実際やったことはないので恐縮ですが,フラスコの中に銀と酸素の両方を入れて加熱すると,たぶん酸化銀が生じると思います。この場合,物質名反応式は次のようになるでしょう。

銀 + 酸素 → 酸化銀

 この反応式は「銀と酸素を混ぜたら酸化銀ができた」と読むことができます。つまり実験の経験を記号に置き換えたわけですね。2種類以上の物質を混ぜて全く新しい物質ができる反応を「化合反応」と言います。

 一方,分解反応では混ぜません。そこで「+」の第2段階の意味が生じてきます。それは「成分」という意味だと思います。すなわち,

酸化銀 → 銀 + 酸素

 この式の意味は「酸化銀を加熱したら銀と酸素ができた」という実験経験を記述したもの,と考えられますが,そこから一歩思考を進めることによって,「酸化銀の成分は銀と酸素である」という意味を持たせることができると考えられます。

「成分」という物質の捉え方

 教科書にはこう書かれています:

1種類の物質が2種類以上の物質に分かれる化学反応を分解という。分解してできた物質から,もとの物質がどのような成分からできているのかがわかる。

 酸化銀の中には銀の原子と酸素原子が含まれていて、それが酸化銀の成分である、と説明するのはちょっと性急です。なぜならこの時点では原子についてまだ学んでいないからです.原子の概念の前から成分の概念が出てくるのですから,ここでは違った説明が必要でしょう。

 熱分解の実験によって,酸化銀には金属光沢を持った銀と線香の火を大きくする作用を持った酸素が含まれていると推測するわけですが,その前提として,物質は「不生不滅」であるという信念が必要です。不承不滅とは,無から有が生じたり、その逆の何かが消滅したりすることはあり得ないという考え方です。

 つまり物質は目の前から消えてなくなったように見えても,実は消滅したわけではなくて,ただ見えない状態になっただけである。それは月が雲の陰に隠れても,月が消えたわけではないのと同じだ,ということです。この,確認できない物質の状態を成分と呼んでもいいのではないか。

 銀と酸素は現実にある物質ですが,成分としての銀と酸素は見ることができません。「酸化銀」という言葉に対応するものは現実世界に黒色の粉末として存在しており,これは見ることや触ることが可能ですが,その「成分」と言った場合は頭の中で思考によって捉えるしかありません。ですから成分という言葉は現実世界の中ではなくて思考の中にその対応するものが存在するのだと言えなくもない。

 そうすると「銀」や「酸素」といった物質名には二重の意味が込められることになります。物質としての「銀」は光沢を持ち電気を通しますが,成分としての「銀」は決して見ることも触ることもできません。

 まず,物質はその元になる根源的な「何か」からできているはずだ,という信念を,無意識下でもいいので持っている必要がある。そして熱分解の実験を体験し,「酸化銀は何からできていたのだろう?」という疑問を持った後に推測によって捉えられた抽象的な概念が成分であると言えます。

 さあ,この辺りから理科は難しくなりはじめます。小学校では理科が大好きだった子でも,中学校では理科がわからなくなって,だんだん嫌いになっていきますが,その理由は理科の内容が現実世界から離れて概念の世界に入っていくからではないでしょうか。

 単に反応式の書き方を教えているだけだろう、覚えればいいんだ。わざわざ難しく説明する必要などないんじゃないのか、と思う人もいるかもしれない。だけど、それでは原子の記号は覚えられても原子の概念を心の中に育てることはできないと思うんです。化学を学ぶとは物質についての様々な概念やイメージを自分自身で育てていくことだと思っています。

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