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小説詩集7「パパを助ける奇跡な話2(弟編)」


家に帰ると、姉ちゃんが水槽の前でうたた寝してた。

なんでこんなに早いんだ、とは思ったが、今日もまたトラブルに巻き込まれて早退でもしたんだろう、と起こさなかった。すると水音がして、草しかなかったはずの水槽に熱帯魚が一匹泳いでる。もしかしてと思って問いかけてみた。

「パパなんか」

魚はこちらを見てブクブクしてる。手を振ってみると、今度は小石をくわえて運び始めた。そこに石文字が浮き上がってきて、き、せ、き、の、は、な、し、た、の、む、って読めた。

早朝から探していたパパは、魚になってたのか。

衝撃的だったけれど、僕にはとっておきの奇跡な話があったわけで、疑問はあっさり無視して僕は話し始めていた。


「これはさ、僕が巫女的な、メッセンジャーになった時の話だよ」


「大学でさ、棒読み大会みたいな授業があってさ、」


その講師の話があまりに単調で、流しそうめんみたいだったから、1ミリも中身が入ってこなかった。誰かの話し方に似ているな、と思いながらそっと講義を抜け出した。

中庭に出たら、ベンチに彼女が座ってて、ちょうどよかった、おおーい、て駆けてった。

「これさ、」

ってバッグから出したのは、姉ちゃんの誕生日プレゼントのタロットカードで、ちゃちゃっとリボンを巻いて結んで欲しかった。


「あら、わたしに?」

と言われて言葉をつまらせてたら、彼女が次から次へと悩みを話し出した。


「教職とかさ、やっぱとったほうがいいのかしら、それとも勢いのある今時のロボットが経営してるみたいな会社に就活した方が早いのか、でもさ、人生って一度きりで、あと70年も生きたら私それで終わるんでしょ。敗者復活戦みたいなのってないんでしょ」

「多分そうだね、」

「だとしたらさ、私の一秒一秒が今プチプチ泡のように消えてるわけで、無限大的選択肢があるからといって、この現在っていう岐路でモタモタしてていいのかしら」

とか言う。

「そんなに焦ってるの?」

「そうだよ。だから、」

「だから?」

「だから嬉しい」

「何が、」

「タロットカードが」

それより僕に相談してよ、と思うのだけれど、隣り合ったエレベーターみたいに僕らは行ったり来たりすれ違うんだ。で、すっかりゲシュタルト崩壊している彼女にプレゼンを渡して、途方にくれた。

彼女も相当変だけど、僕の姉ちゃんはさらに重症なんだ。フィンセント・ファン・ゴッホ並みに深く苦悩してるんだ。そうだ姉ちゃんをゴッホ展に連れていけばいいのか、て名案が浮かんだ。


「なぜゴッホ展に誘うの?」

って姉ちゃんは訝る。

「誕生日だからさ、」

「私がゴッホみたいに変人だと思ってるからでしょ、でもいいわ見たかったから」

僕には絵画の造詣が1ミリもないから、ただ姉ちゃんと並んで進んで行く。これが僕の絵画鑑賞の仕方なんだ。

そしたらさ、絵の様子が変わっているのに気づいたんだ。

「姉ちゃん、あの辺から全然違うなあ、」

「そうね、そうなのよ、そうなんだわ」

とか言って、よろめいて姉ちゃんはフロアーのソファーに倒れ込んだ。

「スタイルが見つかってたんだわ。そしたらそこからはやり抜くだけだったんだ、」

「何かが分かったの?」

「うん、答えを見つけた」

とか言って涙ぐんでる。

姉ちゃんの心はどこかピアノの黒鍵みたいな音がする。僕は並んで肩をかしたけれど、必然的にゴーギャンの気持ちに思いを馳せるのだった。


「帰宅すると、あの日は珍しくパパも早く帰ってたよね」


姉ちゃんはすぐに部屋にこもった。

僕が彼女にヒントを与えたのだから仕方がない。

「今日は姉ちゃんの誕生日だぞ」

とか言ったら、親父さんはニヤリとしてビールを片手に包みを指差した。

「とりあえず親だな、ところで明日はなんの日だっけか、」

僕はレポートのことが気になっていて授業のことを思い出していた。抜け出してばかりだからね。授業って読書に似てて、初めの5行が肝心ってところがある。だから僕は耐えられなくなって抜け出して、自分の世界に戻ってきてしまうんだ。今のところホワイエが僕の一番居心地のいい場所なわけで、彼女と並んでパソコン広げてたら、それはもう「どこでもドア」みたいなんだ。

「明日?」

「いやこっちの話だよ、レポートとかあるからさ」

「忘れてた、明日は結婚記念日だった」


「とかいって、パパは青くなってたよね、あれも僕のメッセンジャーのなせる技だったわけで、お母さんを失望させずにすんだよね」


僕の奇跡な話はおよそこんな具合で、流しそうめんみたいに頭に入ってこないのは、パパの元恋人の話もおんなじだなんだけれど、それは親父さんには言わないでおく。


なのに熱帯魚はまだパクパクしてて、き、せ、き、な、は、な、し、あ、ひ、と、つ、て石文字を作ってみせた。僕は困ってしまって、パパの元恋人、今はお母さんなんだけれど、その人を待つしかなかった。

おわり


❄️「私編」の続編ですが、無理があったでしょうか。でも弟の奇跡な話は奇跡的にとりあえずお話になりました。奇跡なことは二つ、三つ重なるとトライアングルみたいな音がする、的な気持ちで書きました。

 夏休みを有意義に過ごすんだ、的な気持ちが高まっていますが、高まり過ぎな気がしています。





❄️次回も頑張ります​

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