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小説詩集7「パパを助ける奇跡な話1(私編)」

朝起きて、おはよ、とか言ったらパパの元恋人だった人が何かを探してた。

「いくら探してもいないのよ」

「何がないんですか?」

階段を降りてきた弟も、参戦した。意外と早起きだ。

「ないじゃなくって、いないのあなたたちのパパが」

彼女は泣きべそをかいてるわけではなく、怒ってるみたいだった。

やがて、訳分からんけど、早めに仕事にでかけたんだろうと、私たちも職場や学校にそれぞれ向かった。なのに電車に乗ってから、あれ、って部屋の風景が急に蘇ってきて脳内で探し物クイズみたいになった。

「あっ、水槽だ」

て思わず呟いて、私は家に引き返した。


「パパ、」

呼びかけると、水草しか入ってないはずの水槽に、一匹の魚が右往左往して泳いでる。

「パパなんでしょ」

魚は、くるりと輪を描いてみせた。

今度は飛行文字みたいに水中から信号を送ってくる。

「き、せ、き、の、は、な、し、を、た、の、む、」

「つまり、自分の体験した奇跡的な話をすることで、何か魔法的なものが解けるということね」

半信半疑は置いといて、私は、私の奇跡な話しを始めていた。


「パパたちが結婚して、しばらくして、私原因不明の高熱で死の縁をさまよったことがあったよね、」

あの時のことは今でもよく覚えてるんだ。

夢の中で、ううん、あれは夢ではなかったけれど、私は天国行きの階段近くに安宿をとって泊まってたの。宿には大広間しかなくて、大勢がそれぞれに寛いで好きかってに話してた。「まだあの世に行きたくないな」とか「せめてあのゲーム終わらせてから、」とか言いながらガヤガヤしてた。

「私はね、なぜだかもう行きたかった、階段を登って」

「だってね、なんだか疲れてしまってたの」


疲れてた理由はたわいもないことだった。

生きてるのが鏡の世界だったから。


「そしたらね、背後から突然羽交い締めにされちゃって、一体誰よってふりかえったらそれは神様だったの」

「うん、本人もそう言ってたし、私もこの人神様なんだなって自然とわかったの」

「すごくイケメンだった」

「その人は私がいくら振り払っても、羽交い締めをやめなかったの」

「彼氏じゃないよ?全然違う」


「どうして行くのか?」

て、神様が聞くから説明したわ。

どこへ出かけても、誰と話しても、毎日まるで違う自分にされて家に戻ってくるんです、それに疲れたんです、て率直に言った。

他人の言葉のはしばしが衣みたいに張り付いて、エビフライな私が、カキフライの様相を呈して脳内に住み着くんです。それって、苦しくないですか?それって本当に疲れるんですよ。私は念押しした。

それでも神様は「行くな」って私を放さないから、私は不思議に思った。そもそもこちらも、あちらも、あなたのものでしょ。どっちに行ったって同じじゃない。


「でもねパパ、羽交い締めにされているうちに、私、ママのこと思い出してたの」

ああ、ママだってこんなふうに一晩中私を抱きしめてくれるんじゃないかしらって。だから神様の胸にそっと顔を沈めて休んだの。

相変わらずあたりはガヤガヤしてた。「あの世に行く前にもう一度オセロやろうや」とか「この謎解きわかるか」とかね。


寒々とした長い夜に光が差して、うっすらと白み始めたころ、私はまだ迷ってた。だから首を伸ばして窓から見える天国への階段を見つめたの。ロケットの発射台みたいに天をさしてた。

「いかないよね」

ってもう一度神様が聞くので、疲れはまだあったけれど、その優しさに報いるために、行かない、って答えた。

「クムラン派みたいに一人になりたい」

って言ったら、それは無理、とか言いながら神様は私を小さな深い池の中にリリースしたの。

「だからかなあ、この家からなかなか出ていけないのは」

とか言いながら、もしかしたら、パパだって神様にそんな何かをお願いしたんじゃないかしら、それで水槽なんかに閉じ込められて困ってるんじゃないかしら、ってよぎった。

パパの元恋人が私に朝食を作らせてくれないのも疲れる一因だった。食事なんて作れないんでしょって決めつけられることがさらに私を辟易させたのだったけど、観賞魚になったパパには言わなかった。


「これで私の奇跡な話はおしまいよ」

「え、あと二つ?奇跡の話は三つ揃わないとダメってことなの」

仕方ないなあ、弟が学校から帰ってくるのを待つか、て私は水槽をながめるのだった。

おわり

❄️神様に羽交い締めにされるってどんなかしら、的なことを思いながら書きました。最近怠惰です。心がよからぬことを企んでるみたい、て人ごとのように呟きながら、勤勉になることを誓います。

 あ、これは「赤い屋根の家」のスピンオフなんです。





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