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小説詩集「てがみがね、届いたの」

落ち葉に転がったり、縁石をゆらゆら歩いてみたり、走ったりとまったりしたあの頃がよみがえって、立ち止まった。

「何考えてるの?」

彼がきくので、ある転校生の話をする気になった。

「テストでさ、わかってるのに書かなかった、てことってあった?」

「ないな、わかってたらじゃんじゃん書くな」

でしょ、でもその子は書かなかったの。

銀木犀の香る頃、その子は私たちの学校に舞い降りた。本当に舞い降りた感じだった。頭脳明晰でね、テスト直前にはみんなに解き方を教えてくれるの。だけど、彼女の点数はいつも平凡。

みんなで丸くなって、できなかったところを確認してると、やっぱり彼女は答えを知ってて解決してくれるの。

「不思議に思って、テストの時そっと彼女を盗み見たの」

そしたら、髪の毛をクルクル指先でもてあそんだまま問題と睨めっこしてるだけだった。だから、結果はちっとも良くなかった。テストが戻ってくると嬉しそうに解答し始めるんだけどね。

「私さ、その様子にあきれてしまって、」

いったい全体どうなってるの、て問い詰めようと放課後まで待ったの。

「なんだ、バレてたのか、」

って、あの子は笑った。

「わたしね、純粋な気持ちを保ちたいのよ、つまりそれだけ」

「というと、」

数字がすきなのよ。数字を組み立てて何度もなぞるでしょ、するとそこに空間が広がるのよ。音や匂いもしてくる。甘い味もね。英語の成り立ちもすきなのよ。それから歴史もすき、ゾクゾクするぐらい知識欲が湧くから。

「なら、どうしてテストは、」

「その答えは、あなたが持ってるのよ、」

というと?、て私はぽかんとした。

「だって休み時間、隣の席の子が居なくなるのを見計らって、消しかす片してるでしょ」

「いや、それは、なんというか、」

好きだから、でしょ。私もそうなの、だから成績のためにやってるなんて思われたくないの。

「誰に?」

「数学や英語や歴史によ」

謎はますます深まった。

でも、翌日から何かが変わったの。純粋に努力をつづける、を実践するみたいな。するとなぜかしら加速度的に生活が自由度を増していったの、不思議ね。他の子たちも私みたいに待ちぶせて彼女を問い詰めたのかもしれない。それとも自然と汲み取ったのかしら。だってクラスの教室は何気にきれいになっていったから。

「ということは、君のクラスの成績は?」

「実力に反比例して急降下したわね」

彼が笑う。

今日ね、私があたふた資料を作ってたらさ、私はもうこんなに出来上がってるんですよ、てパソコンをわざわざ持って来て見せた子がいたんだけれど、私むっとしたり、焦ったりしたのよ。だけれど、さっき肩にひとひらの枯れ葉が舞い降りきて、純粋にやればいいんだよ、って言ってくれた気がしたの。

「転校していく日、」

彼女は夕日に染まる窓辺にずっと佇んでた。私たちは遠くからそれを見守った。

翌日は寒い朝で、結露した窓ガラスに見たこともない数式がアラビア文字みたいに浮かび上がってた。あの子解を見つけたんだ、て歓喜したけれど、先生が窓をきれいに拭き上げていくのを私たちはただ見ていたの。でも、それでよかったんだと思う。

おわり


❄️時間ほど不思議なものはない、思い出ほど不思議なものはない、個々の存在ほど不思議なものはない、がないまぜになってしまって、的な渦の中で書きました。もっと早く駆けることができるような、もっと多くのことができるような、そんな気がするけれど、秋の森で木の実を拾うように、一つ一つやっていけばいいのかな、的なことを思います。
あれもこれも書こうと思っていると、案外かけませんね。落ち着いてください私、って言いながら次は早めに出したいんです。




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