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短篇「君をみつけてしまった」7/8

 ⁑ 7 ⁑ 
「真っ暗だね」
 ラジオ局の裏手に出ると、まばらな外灯が暗く灯っていて灰色の広場を照らしているだけだった。
「もちろん今は何もないけどイブには奇跡が起きるかも」
「そうだね」
 僕らはラジオ局のガラス張りのスタジオにへばりついて、髪つやの女性とニット帽のDJが話しているのをしばらく見ていた。
 「もう行こうか」僕が言うと、「うん、行こう」と言って彼女は僕の腕にしがみついて頬を寄せた。「冬だからね」とも彼女は付け加えた。
「親切についてさ、考察してるんだよ」
 しがみついたまま彼女は言った。
「人形学に関係のあること?」
「そうだよ。たとえばね、父と母が亡くなるでしょ、するとね、祖父と祖母が代わりに私の面倒を見るようになる」
「そうだったね」
「それで何が始まるかっていうと推測と先回りなの」
「推測と先回り?」
「推測は私が何を欲しがっているかってこと。今欲しいものはあるのかって聞いてくる。答えを聞くとそうなのか、とさらに推測を重ねるの。そうして私がいないときを見計らって先回りしてそれを買ってきてくれる。初めて買ってくれたのは髪飾りだった。言ったとおりにカチューシャだったけれど大きな真珠が十個もついていて、それががまったく私らしくなかった。次はセーターで、リボンが三十個もちりばめられている。こんなセーターもあるんだって驚いた。それなのに私はそのたびに『うれしい』と叫んだ。叫んであげたの。でもそれがいけなかったの。サプライズプレゼントが日常化していって、ついには私に何が欲しいのかと聞くこともなくなった」
「全く?」
「全く全然。推測と先回りは彼らの時間と労力の代償として私のプレゼントを創造し続けたの。私は何をしていたと思う?『ありがとう』と叫ぶこと、それからほしいものと違う誤差を埋め続ける作業」
「おじいちゃんとおばあちゃんとの生活はいやだった?」
「ううん、そういう次元ではなく、私は『うれしい』と『ありがとう』を連発していたし、必死だった。何に?家族を形づくることによ。おばあちゃんは華族育ちだったから、彼女がそれを自慢しているならそれを誇りに思わなくっちゃいけないの」
「じゃあ、おじいちゃんは貧乏だったことを自慢していたの?」
「そうだったわね、そう、でもあれはおじいちゃんの作り話。実際には自分で何かをやったことなんてなかったと思う」
「じゃあさ、僕が君にこっそりクリスマスプレゼントなんか用意しようものなら内心がっかりするのかなあ」
 思いきって言ってみると、彼女は上目づかいの眉間にしわを寄せて立ち止まった。
「どうかしら、あなたから何ももらえないことの方ががっかりすると思う」
 僕は彼女の肩を抱き寄せる。すると彼女の冷気にさらされた唇がくっきりと見えて僕は彼女にキスをした。僕らは薄暗い通りをひとつになって歩いた。そしていつものように彼女は結界の坂の向こうに消えていった。

つづく
⁂ああ、第8話で終わるはずが、おわりそうな、それが二話に分かれるような、頭の中が妙にせわしなく、やっぱり師走なんだよと鈴の音がきこえてくる🎄


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