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小説詩集6「きみの肖像画」

 ぐるぐると君の話が続くので僕は驚いた。

 君の話には前進というものがなくって、話し始めた途端に、その言葉の背景を、あるいはそう思う背景を、さらにはそれを裏付ける家族的背景をザッザッザッと後進しながら語りつづけるので、奇妙にも思ったし困りもした。

 君にただ「白い花が好き?」って聞いただけだったのに、後退ははるか地球の裏側まで進み、今戻ってきて、さらに南半球の彼方へと消えていった。

 君がこの部屋に入ってきたとき、窓辺に飾った小さな花を見て「あ、花だ、」って言ったので、花好きなのかと思った。

「この花は、」

 と僕が言った途端、君は静止するように、花の名前とか種類とか形とかの話ではなく、君の育った家の庭へとトランスポートされた。

「白い花の木には実がなって、そんな実のなる木は家を没落させる。そう言われているから私の家では白い木も植えなかったし、そんな実のなる木なんて一切植えなかったの」

 て言うので実のならない木なんてないんじゃないかと思いながらも、君の話を見送った。

 君が北半球に戻ってきたので、「どうぞ掛けてください」って言ったとき、やっぱり「いい椅子ですね」とか「ここでいいですか」というのではなく、私掛けていいって言われるまでは決して掛けないんです、って言ったけど、そのことの重要性がわからなかった。

「なぜ、」

 という間もなく、君は自分の原点である家族構成へとトランスポートされた。

「私には、両親がいなくって、もちろん初めはいたわけだけど、私が中学生の頃に父が、そして母が旅立って、だから、育ちの悪い子だって言わせるわけにはいかなくって、ありとあらゆるマナーを学び実践してきたのだけれど、それというのも父や母が、」

 てやはり偏西風に流されることもなくまっしぐらに後進していった。


 彼女が両親の生い立ちに遡っているうちに、僕は僕の母のことを思い出していた。

 とても小さかったころ、保育園に預けられていたころ、僕は母さんの迎えにきてくれる夕方が世界一好きだった。同時にそれは最も残酷な時間の始まりでもあった。

母さん、僕の願いはね母さんの胸に僕の胸をピッタリと重ねることだけだったんだ。そして「かあさん」と溶けるようなあなたの名前を呼びたいだけだったんだ。

けれど、見えない何かを証明するために母さんは、そこから最後の力を振り絞るのだった。誰からも非難を受けない満点の夕飯を準備しながら、僕がどれほど泣き叫んであなたの名前を呼んでも僕に手を差し伸べることはなかった。

母さん、とどれほど求めたかわからない。気づくといつも夜になっていて父さんが帰っているのだった。

 北極点を通って、彼女が僕のところに戻ってきた時、僕は意を決した。

「自分をね、誤解されるのが嫌で、四六時中自分の注釈に時間をそそいでいたら、僕は君を自分の説明に青春を捧げてる人と書かなければならなくなっちゃうんだ、文章の肖像画家としてはね」

 おわり

❄️時間が物質みたいなものに見えて、それが何かを癒すからとても不思議、的な境遇に囚われながら、やっと書きました。時間は癒すし、去ってゆく、可哀想な私たちは存分に遊ぶしかないんだ、的な風に吹かれてます。
 肖像画化はちょっとしたシリーズで3作ほどあるんです。


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