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小説詩集「あなたに贈るもの」


彼に手渡して、でもその手を離せなかった。

「これはね、中身のないものなの」

て、ひと言そえたかったから。

包みと麻紐だけが実体で、中身なんか意味がなかったから。なんなら中身はなくたってよかったけれど、ラッピングだけは外せなかった。

「開けない方がいいってこと?」

「そんなあ、あけてよ」

とか言いながら、クリスマスの夜のことを思い出す。弟が大きく口を開けて、モミの木の歌を歌ってくれた、みたいなことを思い出す。

病院の窓から見たことを、電話で教えてくれたのも何か包まれたものみたいだった。彼の贈り物は、オルゴールみたいにいつでも聞こえてくるのだった。

「なにを考えてるの?」

「何にも、」

ただ思い出してただけ。

「あのね、あげるのに、うばう、みたいなことない?」

「あるかもな」

「だからね、」

「だから?」

だから、あの店この店かけずり回って、これにしよう、じゃなくって、泣きながらあなたのことを思う、みたいなのが私の贈り物なの。中身なんか忘れて来たってよかったんだよ。

「これをあなたに、」

とか言いながら、彼に手渡す。私たちは未来のためにしか生きてないけれど、あなたの香りの中に顔をうずめる、みたいに私の今を届ける。


おわり


❄️春なのに、今を忘れてる、みたいな心情への苦言みたいになりました。
贈りものって不思議ですね。心をあたためるものなら、ラッピングだけでいいかも、みたいに。
見知らぬ誰かからも、手渡しなしでも、心を温める、的贈りものが世界に溢れますように、とか祈ります。予期せぬ時に、思いがけず届くみたいな。また書きます。ろば



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