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小説詩集「クマとウシガエル、そして誰もいなくなってた」


近所にクマがでたらしい、と噂がたったのは昨日の午後のことだった。

誰も本物のクマなんか見たことがなかったから、本当かしらね、とだけ言い合うだけだった。

「自警団だな」

と言って僕は立ち上がった。とは言っても、それっぽい格好をして周辺をぐるぐる回っただけだった。

「クマっていったいどんなやつなんだろう、」

ため息混じりに考えた。人間の食料を食い荒らすことは明白なんだけれど、他にどんな悪さをするのか。多分よほど人間の邪魔をするんだろう。嫌だな、そんやつ。

んなことを考えながら僕は明け方まで数式を眺んでいた。

「別な切り口か、」

とか、ついに本音がこぼれ落ちたころ、朝霧の中に動くものを見た。僕は例の自警団風の衣装をまとって窓から飛び出した。

「おーい、君クマじゃないのか」

て叫ぶと、動くものが止まって振り向いた。ずんぐりしたウシガエルだった。

「ちがいます」

って彼女がいうのも無理はなかった。

仕方なく僕はまた周辺をくまなく探し始めた。捕まえたらどうしてやるつもりなのか自分でも良くはわからなかったけれど、町中を探した。図書館やドーナッツ屋、人通りの多い表通りから裏通りまで捜索した。

やがて煙突みたいに背の高いビルが影を長く伸ばすと、ウシガエルがそれを横切って路地に消えるのが見えた。

「待てよ、」

まさか君もクマを探してる、とか。

「ううん、だってクマはあなただもの」

「え、クマって僕だったの?」

「そうよ、」

「道理で見つからないわけだ。でもさこの町はなんだかヘンなんだよ。誰もいなくなってる。あるのは廃墟と、その影だけ」

「うん、その上にうっすらと埃が積もってるのを見たよ。だから、みんな他所へ移ったんだよ」

私ね、ひどく不安で町中をさすらってたの。で、どこからか微かに声が漏れ聴こえてくるのに気づいたんだよ。

「あのね、別な世界に繋がる管があるんだよ」

「管?」

うん、耳を澄ませばわかるけど、街角にね、管がまあるい小さな口を開けてひょいと顔を出しているんだよ。みんなそちら側へ行っちゃったの。

僕が数式を睨んでるうちにそんなことが起きてたのか。

「で、君は行かないの?」

行きたいけど、その管が細くってとても通れそうにないの。

ウシガエルはため息をついたけれど、よく見るとコートの重ね着がすごい。

「あ、これ?家にある上着を全部着て歩いてるの、不安だから」

「心配性なんだな君は、」

とか言いながら、僕はどうなんだ、と顧みる。長い長い小説のような数式はたったけれど、真を導いていないのは明らかだった。それで、ふうっ、と息を吹きかけたら記号の上の塵が舞い上がった。僕は何も持たずにドアを開けた。青じろくまどろんだ街は四角い線だけでできているのが際立ってて、朝が近づいているのがわかった。

通りを探すと、ウシガエルがしゃがみ込んでいた。管がそこにヒョッコリ顔を出している。

「行ってみるか、」

っていうと、ウシガエルもコートを脱ぎ捨てて頷いた。

「流れる水に身をまかせるみたいに飛び込もう」

それから、僕たちは結婚式でもするみたいに手を取り合って、えいっと管にダイブした。不思議なことに向こう側が今日になって、世界はそこにあるのだった。


おわり


❄️この秋はクマʕ•ᴥ•ʔの出没にご注意ください、的な注意喚起のために書きました。クマとウシガエルが彷徨っている間、失われたものはなんだったのか?塵と水の流れの相関関係は?的なことをワトソン博士の衣装を纏って書きました。うそです。大事だと思っていたことがただの足枷だった、的なことかも知れません。また書きます。読んでいただけたらうれしいです。ろば





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