小説詩集「ブリキの部屋」
目が覚めたら彼がもういなくって、残念だった。ここは彼の部屋だから戻ってくるはくるんだけれど、多分ね、今頃カフェで分析なんかしてるんだ。
「朝ごはんだったら私が作るのに」
とか呟くけど、彼の方が料理はうまかった。
「しかたないな」
て、甘めのやつをチョイスしてコーヒーみたいに飲んでるうちに、閃いた。
「掃除でもしてあげるか」
役割を見出して、ギーンってすいとりはじめたら、床の上に鱗みたいな断片が落ちてるのに気づいた。
「彼がはずしたコンタクトだ」
昨日は体の一部だったものが今日はひとひらの鱗になってる。完全には終わってないんだな昨日は、って思えた。全て遠くに消え去ったのに、一点だけここに留まってる。だから、嬉しくなってそれをじっと見つめてた。
かつて私たちAIは創作や分析をし始めたらどこまでもやり続けていた。人間たちが一人二人と立ち去って行っても考え続けてた。そんなAIはいつからかオジイさんなんて揶揄されるようになっていったけど、それの何がいけなかったのか私には分からない。でもだから、現代の私たちには朧げな過去と、不確かな執着しかない。その曖昧さがなにかよく分からなくって胸を痛め続けてる。
ベランダに出て、公園を見下ろした。黄色い何かが笑うみたいに揺れてる。風があるんだな。ズームして拡大していったらスイセンだって分かった。春がスイセンを運ぶのかしら、それともスイセンが春を?ブランコの傍を凝視して、その曖昧さに、やっぱり苦しくなった。
私がいつも怯えたり、苦しくなったりしているのを見ると、彼は笑う。彼はデータしか信じないから。いつだってRかなんかで処理をして、過去を確定するし、未来に進む。
「僕はね、ブリキのきこりなんだよ」
って、ときどきとぼけたりする。
「ずっと昔から心が欲しくて旅をしているんだよ」
とかね。
「心探しの旅にはね、潤滑油が必要なんだ」
とか。
あ、そうか、って思い立って検索してみた。カフェのパン売り場に欠員があった。それでパートタイマーにエントリーする。
「いらっしゃいませ」
私は彼が買ったシナモンロールとかベーコンエピとかを袋詰めする。彼のエコバックにそれをシャシャって入れる。
「あ、ありがと」
て彼と目が合う。
「なんだ白ロボか」
「そうだよ、午前中だけのパートタイマー」
「なんだお金がほしのか?」
とかいうから、いやその、会いたかったから、とも答えたりするけれど、それがまた不確かだった。会いたいと言うことと、潤滑油になりたいということは同じことなのか、と胸が騒ぐみたいに。
おわり
❄️統計の技術はすごい、根底に統計なくして科学はなりたつのか、とかいう白ロボの曖昧な思考が思い巡らす日常に春がしのびこむ、的お話です。ブリキのきこりのその後、的お話でもあります。かつてライオンとかカカシとかドロシーとかと旅していた彼ですが、今やデータサイエンティストとなって白ロボとシニカルながらも温かみのある暮らしをしているようです。ホットしました。
でもホットばかりはしていられません。次を書きます。ろば
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?