小説詩集「私とわたし」
「集中しすぎるなよ」
っていう彼の言葉がこだましてた。
それで計画書をじっと見てたけど、これミスあるんじゃない疑惑で大騒ぎをしないために、集中しすぎないことに集中してた。
「俯瞰するんだよ」
っていうもう一つの彼の言葉もよみがえった。
それで私はどんどん自分自身から離れて、パソコンからも離れてリラックスした。
こうして見てると、確かに物事が小さく見えてきて、うまく把握する感覚を掴みかけた。
だからどんどん力を抜いてより俯瞰した。もはや自分じゃないぐらい落ち着いてる。彼のアドバイスは絶大だった。
俯瞰はなおも続いた。
やがてヒョイっていう音がして、えっ、て自分が自分から抜け出した感があった。
「幽体離脱、」
かな、って言葉がこぼれたけれど、まさか、て笑った。その笑った、が起爆剤になったのか、私はいきおいよくガラスを突き破って、高くなった秋の空に吸い込まれていった。
澄みきった青空にポッカリと浮かんでる。
訝りながら私は、今しがた自分から抜け出してきた感触をなぞった。
「わたしから抜け出す私がいて、だけど待って、この置き去りみたいな自分は一体誰なの」
みたいな疑問にかられてた。
「わからんけど、とにかく自分から出てきちゃったんだ」
開き直ったら屋上や、電車や、公園がジオラマみたいに見えてきた。それで、おもしろいな、みたいに飛びはじめた。
「あれ、私風になってるんだ」
気づいたのはしばらく経ってからだった。
里山まで吹いてきたら、色づいた木々のこづえが波のように揺れた。
「心も揺れるな」
って思ってたら、地球を取り巻く大気圏みたいな存在になってる。
「なつかしいね、楽しんでる?」
って話しかけてきた風と一体になったけれど、それはおばあちゃんの声だった。
「どうかな、あんまり、」
とか言いながら、地上の世界が誠実な秩序だけでは動いていないことを思った。
「それもね、今となったらなつかしい、」
っておばあちゃんの声が言ったから、
「夏が終わった時、みたいに?」
って聞いてみた。
「そうかもね。とにかくあの洋服みたいな自分をきていた頃がなつかしいのよ」
て言う。
「あれ洋服なんだ、」
とか言いながら、大気圏から澄んだ青空ごしに下界を見おろした。
とたんに街がズンズン近づいてきて、駅近のたてものの窓の、そのガラスを突き破って私はわたしの前に立っていた。
彼が抜け殻なわたしを揺すってる。
「おい、大丈夫か?」
とか言いながら。
「ただの居眠りですよ、この子」
とか、嫌味なコーワーカー。
「計画書はまだか」
っていう上司の声まではっきりと聞こえてきたから、私は慌てた。
おばあちゃんに別れを告げるのも忘れて、ヨイショ、みたいに自分に入り込む。
「おい、目が冷めたのか」
て彼が言うので、
「俯瞰してチェックしてたところだよ」
とか言ったのに、彼は怪訝そうだった。
私がわたしの中に収まってなくっちゃ彼も私だとは分からないわけで、だから地上ではこれを着て生きて行くしかないんだ、って欠伸を噛みころしながらろくにチェックもしとらん計画書をボスに提出したのだった。
おわり
❄️秋の日の幽体離脱と居眠りは識別困難、みたいなごく身近なテーマで書きました。
春みたいに眠気を誘う秋、晴れ渡った空の吸引力は高まってて、うっかりしてったら大気圏突入ですよ、みたいな警告です。
心無い日常に負けそうになる季節だから、双子みたいに幽体離脱するのも仕方がない。また書きます。ろば
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