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(小説)おおかみ少女・マザー編(三・十一)

(三・十一)ラヴ子十二歳(その3)・人類の友だち
「ゆきちゃん……」
 まだ人影の少ない早朝の路地で、ゆきの名を呼んだのは篠田ナミ。ゆきと同じ小学校に通う、小六の女生徒である。ただしナミは人類で、ミナトミライ地区に建つタワーマンションの、しかも最上階に住んでいた。つまりお金持ちのお嬢様という訳である。
 がナミに限らず人類の子どもたちは皆一様に大人しく、感情をおもてに出すような事も少なかった。何事も理性的であり、かつ勤勉で黙々と勉学に励む、そんな子どもばかりだったのである。

 日曜日。ゆきは健康的に朝早くからジョギングをしていた。一方ナミの方はと言えば、愛犬のプードルと優雅にお散歩である。ちなみにプードルちゃんも、クローン犬だとか……。
「おはよう、ナミ。相変わらず可愛いね、プーちゃん」
 しゃがみ込んで、プーちゃんの頭をごしごしと、力強く撫で回すゆき。人目など気にしないゆきに比べて、ナミの方は少々神経質。ついつい辺りを見回してしまうのだった。ゆきとお喋りしている所を誰かに見られたりしないか、気にしての事である。
「とうとうクラス、分かれちゃったね、ゆきちゃん。わたし、さびしい」
「ゆきだって、さびしいよ、ナミ。でも、しゃーない、しゃーない。大人のやることなんか、こんなんばっか。だっせー!の極み」
「ほんと、だっせーーっ、じゃない、ださいよね」
「ん?ま、いいか」
「でもほんと教室の中にゆきちゃんがいないと、静かで寂しい。何だかお通夜みたい。ゆきちゃんっていう太陽が消えちゃって、まっ暗になったみたいな気分。世の中、まっ暗……」
「あんがと!でもがんばるんだ、ナミ。友だち、出来た?」
 ナミは小さくかぶりを振った。
 ゆきとナミは小一の時からずっと同じクラスで、親友と言ってもいい位の仲だった。五年生の時なんかいつもふたりで喋っていると、例の吉川教師にじろっと睨まれていた。今の所はまだ人類だけの新しいクラスに上手く馴染めず、ナミは孤立気味のようである。
「だってみんな、真面目な人ばっかなんだもん。全然、詰まんなくて。まだ小学生なのに勉強、勉強って、みんな必死でもう最悪。全然余裕ないから、窮屈で窮屈で、あゝたまりませんわ、わたし。ふっわーーっ、息が詰まりそう。ナミ、まじで詰まんない……」
 俯くナミに、同情を禁じ得ないゆきであった。
「ま、あんまり気にしない、気にしない。よしよし」
 プーちゃんの頭の次に、今度はナミの頭を撫で撫でするゆきである。
「ゆきちゃんの太陽顔負けのスーパーハイテンションパワーで、何とかして!この世の中の、嫌ーな流れ、ねえ。あーあ、ほんと嫌、嫌……」
「んーーっ……。何とかして上げたいけど、無理無理、やっぱ。流石のゆきでも、ひとりじゃどうにもなりまへん、はい」
「だよね、ごめん。でもまじでこんなふうに会って、時々話し相手になってね、ゆきちゃん。これからも、よろしく」
「OK!ナミとゆきの友情は、永遠でーす!」
 両腕を高く空に広げ、大声でふざけるゆき。
「おいおい、ゆきちゃん……」
 そんな彼女に、通行人の視線が一点集中する。あっ、やばーっ!と、ナミは慌てて別れを告げた。
「じゃまたね、ゆきちゃん」
「あいよ。ナミも元気でな」
 男勝りでもあるゆきは、まだ恋愛は未経験。本人もまだ欲っしてはいないようである。何しろクラスメイトの男子など、ゆきから見れば軟弱、ひ弱で、頼りなく思えて仕方がない。人類の方の男子はガリ勉のもやしばかりだし、かと言って旧人類の男子の方はと言えば、まだ幼稚な甘ったれ小僧ばかり。
 それにゆきの最大の関心事は今の所、恋愛よりも世の中のことであった。人間特に旧人類の未来に、彼女の気持ちは強く向けられていた。小六のゆきでさえ悲観的にならざるを得ない自分たちの将来を、何とか明るいものにしたい!そう出来ないものかと、いつも願ってやまないゆきなのであった。

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