見出し画像

(小説)おおかみ少女・マザー編(三・十七)

(三・十七)ラヴ子十四歳(その1)・デートスポット
 ラヴ子(ゆき)は中学二年生に進級、十四歳になった。
 二〇九四年、この年の横浜の冬の平均気温は0.6℃に下がり、また一段と寒さが厳しくなった。お陰で真冬の深夜に外出する人間など、殆ど姿を消した。せいぜいクリスマスや大晦日、正月三ヶ日に、分厚いコートを重ね着した若者たちが凍り付くような白い息吐き吐き、辛うじて騒ぎ歩く程度である。横浜でも既に北海道並みに、冬の暖房設備の完備が生死に直結する事態へと近付いていた。
 世界の人口の人類(クローン人間)と旧人類との差は、約十四億人(人類が約二十九億五千万人に対して、旧人類が約十五億五千万人)と拡がり、旧人類の暮らしは更に厳しさを増した。世界規模で人類と旧人類との対立、争い、旧人類への差別が激しくなった。反体制の旧人類の集団、組織が団結を強めまたは過激派へと変貌し、デモは勿論、暴動も頻発した。世界中で旧人類によるテロが多発し、逮捕者が続出した。それは丸で二十世紀、二十一世紀前半に見られた民族間の対立、抗争を想起させるものであった。
 人類と旧人類の互いのフラストレーションは極限まで高まり、いつ大規模な紛争、闘争即ち戦争へと発展してもおかしくない、そんな緊迫した状況へと、社会全体が近付いていた。人類はますます傲慢、高飛車になり、旧人類はますます貧しく、卑屈になっていく。両者が街で顔を合わせればいがみ合いが起き、暴動事件にまで発展し、旧人類が人類から物を盗む窃盗事件も日常茶飯事となった。
 その為人類、旧人類とも穏健な市民たちは、両者の住み分けを熱望するようになっていった。学校、職場、商店、公共施設は勿論のこと、居住区すらも分割、分離した方が良いと。国連も各国政府も人類が平和に暮らす為には最早それしか手段はなかろうと、世界規模で足並みを揃え分割、分離政策を進めていくよう申し合わせた。

 さて思春期を迎えたゆきである。義夫との熱愛、純愛も手伝って、それまで全く関心のなかったデートスポット、デート事情にも関心を持つようになった。するとここでもまた、人類と旧人類とのギャップ、格差を思い知らされるのだった。
 先ずレジャーやデートの仕方自体が、両者で大きく異なっていた。人類は海外旅行がメインで、旧人類は国内旅行オンリー。国内旅行でも、人類は遠距離かつ高級リゾート、高級ホテル、グリーン車等々。比して旧人類は近場の安ホテルで済ませ、新幹線は自由席。ドライブするにしても、そもそも旧人類は殆どマイカーを持てない。運転免許を持つ旧人類の数すら少なくなったというのが実情である。対して人類は軽自動車など眼中になく、高級車を乗り回す者ばかり。お陰で商業施設の駐車場には、人類の高級車ばかりがずらりと並んでいるといった有様なのである。
 またコンサート、映画館、スポーツ観戦でも、人類と旧人類とで完全に席が分けられていた。それでも入場出来るだけ、まだましな方である。そもそもアーティスト、プロスポーツ選手等が既に人類で占められていたから、ひどい所では旧人類の入場自体を拒絶する興行、会場、施設も現れた。遊園地、レストラン、飲食店、飲み屋なども、既に同様であった。人類が人気のレジャーランドで大いに遊べば、旧人類は近くの公園や河川敷でバーベキューなどしてささやかに盛り上がる。予約が直ぐに埋まる高級レストラン、銀座にある会員制の高級クラブなども人類専用。旧人類の方は、大衆食堂、定食屋、居酒屋にファーストフードばかり。
 食物について言えば、健康志向でもある人類は無肥料無農薬の安全な作物と本物の魚肉を食し、旧人類は農薬まみれかつ遺伝子組み換え作物と人工魚肉或いはコオロギなどの昆虫ばかりを食べていた。これでは旧人類が病気で早死にするのも、成程!と頷けるのである。
 こういった種々の事情から、マクドナルドにしろケンタッキーフライドチキンにしろファーストフードのチェーンには、例外なくコンビニと同じ運命が待っていた。主なる利用客である旧人類の減少によって客が減り、客が減れば店舗も減る。旧人類が滅亡すれば、ファーストフードもまた道連れ、滅亡の運命を辿るしかないのであった。

 そしていよいよ、メイクラヴ空間の話である。その場を自宅以外に求めるとなれば、ホテルというのが相場である。でこのホテル、宿泊施設に関しても矢張り、人類と旧人類とで大きな格差が有るのであった。愛を営む場ですら……。
 簡単に言えば、人類がシティホテルなどの高級ホテル。旧人類が庶民的、人情溢れるラヴホテルとなる。シティホテルは決して旧人類お断りという訳ではないが、兎に角料金が高い。旧人類にはとても手が出せないのである。そこで仕方なく安ホテルへ直行、となる。クリスマスイヴやバレンタインの夜、ラヴホテルの前には旧人類カップルの行列が出来て大混雑、大混乱を極める。そのうち雪崩現象で死傷者が出るのではないか?と危惧される程のレベルに至っているのである。
 こんな流れから、ラヴホテル=旧人類のメイクラヴの場、という観念が完全に定着してしまった。ラヴホテル自体は決して人類を拒んでなどいないが、人類の方が完全にラヴホテルを敬遠してしまった。これにてラヴホテルもまた、実質旧人類専用の施設と化してしまったのである。つまり旧人類が滅亡すれば、愛しきラヴホテルもまた滅亡してしまう。あゝさびし……。兎に角まあ、ラヴホテルは旧人類の愛の営み空間。居酒屋で安い酒に酔って盛り上がった旧人類のカップルは、ようこそラヴホテルへ、GO!なのであった。

この記事が参加している募集

私の作品紹介

SF小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?