(詩)立夏

五月なのに、もう夏が立つ
木漏れ陽、まだ春の陽射し
音楽室から聴こえて来た
ピアノの音
弾いていたのは


弾いていたのは春?
それとも夏?
春の終わりと夏の初めの
涼しいのか暑いのか
かなしいのか、さびしいのか
分からない不思議な季節


真新しい制服の
きみとぼくが出会った立夏
そんなにまだ暑くもないのに
汗びっしょりだったぼくと
寒くなんかない筈なのに
震えていたきみの指

抱き締めたかった
つかまえたかった
ただその指の震えを
止めて上げたかった

そんな細いきみの指が
奏でるメロディは
いつもかなしげで
まだまだ春と夏の中間なのに
丸で秋のような切なさで

だからぼくはいつも
ピアノを弾くきみの横顔
ただ黙って見つめることしか
出来なかった

立夏
夏はもう直ぐそこまで
夏はまだもう少し先
そんな木漏れ陽、
まだ春の陽射しの中で

緑の風に吹かれる時
いつも思い出してしまう
きみのこと
どうしても
思い出してしまうから

泣きたくて、でも泣けない
五月はまだ立夏
もう立夏
どうしても思い出してしまう
あのかなしげなピアノの旋律

今はもうその指の震え
やさしくつかまえてくれる人が
いると信じたい
信じていいですか?

そう問い掛けてみる
立夏の風に向かって
思い出した真新しい制服の
きみの横顔に向かって

季節は立夏

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