【新作落語】『もしも目黒の面積が北海道と同じくらいだったら』
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第4回目黒区 新作落語コンテスト
お題「もしも目黒の◯◯が◯◯だったら」で書いた噺です。
店長「はい、いらっしゃい」
学生「あ、ええと、カツ丼の特上を一つ」
店長「はい、カツ丼、特上一丁!」
学生「……(落ち着かない)」
店長「兄ちゃん、受験生?」
学生「あ、はい!そうです」
店長「地方から出てきたの?」
学生「そうです。東京、初めてなもので…」
店長「そうかあ。じゃあ、うちのカツ丼食べて、受験に勝って貰わねえとな!」
学生「はい、ありがとうございます!やっぱり受験の前の晩は、ゲン担ぎでカツ丼かなと思ったら、お店が目に入ったもので」
店長「そうか。これも何かの縁だね。はい、特上、お待ちどう」
学生「わ、すごい。2800円のカツ丼なんて初めてですよ。頂きます!」
店長「いい食べっぷりだなあ。こりゃあ受験も大丈夫だ」
学生「ありがとうございます。東大は自分の夢なんで、精一杯頑張ります」
店長「東大…?今、東大って言った?」
学生「はい。ずっと憧れていた、東大です」
店長「大岡山の東京工業大学じゃなくて?」
学生「はい」
店長「試験って駒場でやるんだよな?」
学生「そうです。明日の9時半から駒場キャンパスで試験です」
店長「…明日ってあんた、もう夜の7時だぞ!明日の9時半までにどうやって駒場まで行く気だよ!」
学生「え…?いや、明日の朝、余裕を持って7時くらいに電車で…」
店長「あのな、兄ちゃん、ここをどこだと思ってるんだ?」
学生「ええっと…。わからないですけど、同じ目黒区ですよね?試験会場の近くの宿はいっぱいだったんで、このあたりの宿を取ったんですけど」
店長「あんたな、同じ目黒区でも、ここは自由が丘ってんだよ。駒場は目黒区の北の端っこ、で、ここは南の端っこ。どんだけの距離があると思ってんだ」
学生「距離は…10キロくらいじゃないですか?」
店長「馬鹿野郎!600キロだあ!」
学生「えーーーーー!!」
店長「これだから目黒区以外の人間は困るんだ…。あんたらは目黒区の広さをナメてるんだよ。他の土地とはスケールが違うんだから」
学生「ど、どうやって行けばいいんでしょう!?ここから駒場まで」
店長「あのな、駒場キャンパスに行きたいんなら、一番良い方法は、羽田から飛行機で八雲空港を経由して、駒場野空港、これが常識だよ」
学生「ええー!飛行機!と、東京東横線で渋谷まで出て、井の頭線で駒場東大前って調べたんですけど!?」
店長「そんな悠長な鉄道旅だと特急使っても18時間はかかるぞ!始発から18時間かかったら駒場に着くのは、夜中だ!」
学生「そ、そんなあ…。な、何とかして明日の朝までに駒場へ行く方法って無いんですか?」
店長「ちょっと待ってろ。(スマホを取り出して)…駄目だな。もう飛行機の便がない。八雲空港から明日の最初の便でも到着は11時になる」
学生「く、車はどうなんでしょう!?今からタクシーに頼んで駒場まで夜通し飛ばしてもらったら何とかなりませんか!?」
店長「(スマホを操作し)高速道路を休憩なしで一目散にぶっ飛ばしたら…14時間で到着の予想だ。それなら今すぐ出発すれば9時半の試験にギリギリ間に合うかもしれないな…。けどタクシー代が24万9千円かかるぞ。あんた、払えるのか?」
学生「終わった…僕の東大受験は…カツ丼屋で終わった…」
店長「しょうがねえ…暖簾を片付けるから待ってろ」
学生「え…店長さん…どこへ…」
店長「(バイクのエンジン音)兄ちゃん、受験票持ってるか?なら後ろに乗りな!今から一晩ぶっ飛ばして駒場まで連れてってやる!」
学生「て、店長さん、いいんですか!?」
店長「これも何かの縁だ。あんたが東大受験に来たのに、うちの2800円のカツ丼だけ食って帰ったんじゃ寝覚めが悪いだろ。さあ、しっかり掴まってろ、飛ばすぜ!(バイクの轟音)」
学生「うわー!店長さんこれ速すぎませんかー!?」
店長「俺も若い頃は首都高を爆走する目黒の稲妻、サンダーボルトって呼ばれてたんだ。そら、もっと飛ばすぜ!」
学生「ぎゃーー速いーー!」
店長「大丈夫だ!気をしっかり持て!東大に受かる前に俺から落ちるんじゃねえぞ!」
学生「す、すごい。目黒ってこんなに大きな道路が通ってるんですね」
店長「俺達は自由が丘から駒場までの目黒縦貫自動車道580キロを突っ走る!他にも目黒の広大な大地を縦横無尽に高速道路が走ってるんだ。俺も若い頃は一週間かけて目黒全土をツーリングしたもんさ…」
学生「なんてスケールだ…目黒がそんなに大きな土地だったなんて…」
店長「目黒の面積は8万平方キロメートルを超える!東京都の他の面積を全部合わせたよりも37倍も大きいんだ。それが目黒だ」
学生「そんなにも!僕は一体何の地図を見て誤解してたんだろう…」
店長「だから言ったろ、目黒をなめるなってな!飛ばすぜ!」
学生「速い!寒い!怖い!でも、頑張ります!」
店長「すまねえな、自家用車ならあんたは寝てても着くんだが、バイクはそうはいかねえ。寝たら、落ちるからな」
学生「そんな、ただのお客でしかない僕にこんなに親切にしてくれて、感謝しています。店長こそ大丈夫ですか?夜通し運転なんかして」
店長「心配ご無用!言ったろ?俺は目黒の…サ…サン…サンマーボルト…ZZZ」
学生「めっちゃ居眠り運転じゃないですか!ちょっ、ちょっと起きてください店長さん!起きて!」
店長「…ああ、いけねえ!ウトウトしてた。やっぱりトシには勝てねえな」
学生「ど、どこかのサービスエリアで仮眠とか、休憩しませんか?」
店長「そんな時間の余裕はねえよ。休みなく飛ばしに飛ばしてギリギリ間に合うかどうかなんだ。何か、俺に話しかけてくれ、それで眠気を抑える」
学生「ええと、ここはどのあたりなんですかね?」
店長「碑文谷ジャンクションを超えて鷹番サービスエリアを通過したあたりだ」
学生「夜だからわかりにくいけど、何もない平野が続いてますね。僕、東京はもっと高層マンションだらけだと思ってました」
店長「8万平方キロメートルの中に住んでる人口が27万人だぞ?マンションに住む必要がないだろう。みんな広い戸建てに住んで、広い庭でサンマ焼いて食ってるんだよ。それが目黒の中心部だ」
学生「みんな庭でサンマ焼いてるんですか!?すごいですね!」
店長「目黒のスケールを通常の日本と同じに考えちゃいけないぜ。青葉台にあるひばり御殿なんか東京ドーム26個分で皇居より広いんだからな」
学生「本当に東京都なんですか目黒区は!?あ、もう夜明けが近い…。おや、これは…雪がちらついてきましたね」
店長「ちょっとヤバいな…。雪のことを考えてなかったぜ」
学生「雪だとまずいんですか?この程度じゃ積もったりしませんよね?」
店長「あんた、まだ目黒をナメてるな。いいか、俺達が目指してる駒場は、目黒の北の端で標高も高い。もし路面が凍結して通行止めになったら間に合わないぜ」
学生「同じ区でそんなに気候が違うんですか!?」
店長「ああ違う。駒場は今の時期は雪に覆われるのが基本だ。駒場雪まつりってのもあるんだから。自衛隊が不動明王の雪像を建てるんだぞ」
学生「そんな祭り聞いたことなかったですよ」
店長「やっぱり区外の人間は目黒のこと何も知らねえんだなあ…。よし、さらに飛ばすぞ!祐天寺、通過、380キロ!中目黒、通過、430キロ!東山、通過、490キロ!もうすぐ…もうすくだ…」
学生「あ、あれ、緊急車両が誘導してます!」
店長「…しまった。悪い予感が的中しちまった…。大橋ジャンクションから駒場ジャンクションまで積雪のため通行止め…。高速道路はここまでしか使えない…」
学生「じゃあ、ここからは下道ですか?」
店長「今、何時だ?」
学生「8時45分です」
店長「畜生…ここまで来たのに…」
学生「もう目と鼻の先じゃないんですか?大橋ジャンクションから駒場キャンパスまではまだ距離があるんですか?」
店長「40キロはある…。積雪で速度制限された下道では、もう間に合わない…。すまねえ!ここまで来たのに」
学生「そんな、店長さん、顔を上げてください、元はと言えば、僕が目黒区の広さをナメてたからいけないんです」
店長「いや、中目黒から恵比寿を目指して、そこから電車に乗せるべきだった。俺が高速道路にこだわったばっかりに大橋ジャンクションまで…大橋?」
学生「店長さん、どうしました?」
店長「…まだワンチャンあるかも知れねえ!ついて来い!」
学生「どこへ行くんですか?なんですかこのエレベーターは?」
店長「見ろ、ここが目黒天空庭園だ!」
学生「天空庭園!?首都高の建物の上に、こんな緑いっぱいの広いスペースが!受験に失敗した僕に、せめて景色を見せようとしてくれてるんですか?」
店長「違うよ!飛ぶんだよここから!」
学生「いや死にませんよ僕!受験は来年も頑張りますから!」
店長「馬鹿野郎それも違うよ!この案内板を見ろ(指差す)!」
学生「パラグライダー体験…雄大な目黒の自然を眺めながら鳥のように飛翔してみませんか?インストラクターと二人乗り1万8千円…と、東京の空ってこういうの飛べるんですか?」
店長「普通は管制空域だから飛べねえよ。けど、目黒は違う。ビルの屋上からでもパラグライダーが飛べる、そのくらい自然と文明が共存してるんだ」
学生「もしかしてここから飛んで駒場キャンパスを目指すんですか?」
店長「一か八か、それしか間に合う方法はねえ」
学生「僕、高所恐怖症なんですけど…」
店長「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ。すいません係員さん、パラグライダー体験、お願いします。何、10時から?そこをなんとか頼む、一人の学生の運命がかかってんだ」
学生「ねえ、もう止めましょうよ。僕、諦めますから」
店長「OK?特例で認める?ありがとう!よし、ラインチェックだ。俺達の身体に紐を括り付けるぞ」
学生「ちょっと待ってください、何で店長が飛ぶんですか!?インストラクターと飛ぶんじゃないんですか!?」
店長「俺、ライセンス持ってるから。目黒の人間なら大抵持ってる。係員さん、いいよな、俺が飛んでも?OK?特例で認める?ありがとう!」
学生「なんでそんな簡単に特例を認めるんですか!?」
店長「それだけ目黒は人情に厚い土地なんだよ。さあ、行くぞ、助走をつけて…3、2、1、GOーーー!!」
学生「わああー!落ちるー!落ちるー!」
店長「落ちない!絶対に落ちない!お前は受かる!絶対に合格する!」
学生「落ちる、受かる、落ちる、受かる…」
店長「まずいな、思ったより風が無い。これじゃ距離が出ない。何とか良い風を見つけねえと…よし、ここだ!ここで風に乗れる!いいぞ!」
(受験会場で職員が誘導している)
職員「はい、受験生の皆さんは急いでくださーい」
学生「うわあああ!ドシャ(着陸する)」
職員「わあ!な、なんですかあなた達!どっから落ちてきたんですか!?」
店長「落ちたんじゃねえ!これから受けるんだ!」
職員「受験生なんですか!?なら急いでくださいよ。もうほとんど入場してますんで」
学生「あ、は、はい!」
店長「よし、間に合った!行って来い!」
学生「店長さん、ありがとうございます!このご恩は一生忘れません!(走る)」
店長「合格して、またうちに食いに来てくれよおーっ!」
職員「あなた達、どうして受験会場にパラグライダーで来るんですか?」
店長「ギリギリだったからな。目黒天空庭園から飛んできたんだよ」
職員「あんなに遠くから?上手く上昇気流を見つけて?そりゃすごい」
店長「ああ、俺はとんかつ屋だからな、アゲるのは得意なんだ」
(終)
【青乃家の一言】
目黒区新作落語コンテスト2024年用に書いた噺です。残念ながら諸事情あって応募までには至りませんでしたが、大会が開催される限り毎年書こうと思っています。アマチュア落語の皆さん、私と組んで応募しませんか?連絡お待ちしております。