『逃げ上手の若君』が逃げ続けているもの
週刊少年ジャンプで人気連載中の『逃げ上手の若君』がアニメ化され放送スタートしました。こちらも家族全員がファンなので原作ともども楽しませていただいております。
「歴史物をいつか創作したい」と思っている人は多いのではないでしょうか。私もそうです。歴史はロマンです。人間のあらゆるドラマが詰まっている素晴らしいジャンルだと思います。
しかし現実には歴史物って本当に難しいのですよね。資料集めが大変?時代背景の勉強が必要?登場人物が多い?そのあたりは勿論なんですが、一番の問題は…。
歴史に引っ張られることだと思います。
史実でも俗説でもどちらでもそうですが、うっかりしていると歴史をそのまんまトレースしただけの内容になってしまうんですよね。こんな事件があった、こんな戦いがあった、結果はどうだった、人物はこう思った、それで完結してしまう。
これだとほぼ伝記であって、面白い物語にならないわけです。
そもそも伝えられている歴史の事実が面白すぎるので、誘引力に負けてしまうんですよね。並大抵の覚悟では「現代人の共感を得る新しい歴史創作物」って作れないと思うんですよ。対象年齢層が下がるほど難しいと思います。
そこで『逃げ若』です。この漫画は北条時行&南北朝というマイナーな人物・マイナーな時代背景を選びながら、歴史に引っ張られることなく新しいエンターテイメントを繰り広げています。
方法を具体的に言うと、現代人のツボにはまる表現を必ず一定間隔で挟んでいく。それは登場人物の設定であったり、行動であったり、ナレーションであったり、ギャグや小ネタであったり、様々なんですが、必ず一定間隔で挟まれて読者の共感を呼び起こす仕組みになっているのです。
例として初回を見てみましょう。
①時代背景と主人公の紹介
❶メタ視点でマイナー人物だと述べる
②諏訪頼重(援助者)と出会う
❷頼重が未来視の異能力を発揮する
③高氏の裏切りと鎌倉幕府滅亡
❸頼重の天丼ギャグと時行のキメ顔が出る
④北条時行の鎌倉脱出
❹主人公の才能が開花し道が示される
あらためて完璧な導入部ですね。この次の回では味方の郎党が興じている双六が明らかに桃鉄であるとか、ずっと先になりますが推しの萌えキャラで力を発揮する武将とか、完全に現代の学生に転生しているシーンが描かれる武将などが登場します。
歴史をリスペクトして描くけれども、
絶対に歴史に引っ張られすぎないぞという覚悟。
つまり主人公の時行は北朝・幕府方から逃げ続けていますが、この物語は歴史の持つ強力な誘引力から逃げ続けているわけです。あえてギリギリで。ハラハラさせながら。歴史物を創る人は皆が考えることだと思いますが、これほど自覚的で徹底されてるものは珍しいのではないでしょうか。
『ネウロ』『暗殺教室』もそうでしたが、ちゃんと綺麗に着地させることのできる作者さんです。読んで損はないでしょう。『逃げ上手の若君』自信を持ってお勧めの漫画です。