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『ツダマンの世界』と松尾スズキさんの戯曲

松尾スズキさんのお芝居にずいぶんとハマっていた時期がありました。90年代の中頃から2000年代の初頭くらいにかけてでしょうか。ギャグの面白さは勿論のこと、複数のエピソードが渾然一体となってラストに向かって収束していくカタルシスがとても衝撃的かつ魅力的で、地方在住にも関わらず東京・大阪までよく遠征して観劇していたものでした。

時代は流れて、演劇はあまりカタルシスを追わなくなった気がします。「衝撃的なことは登場人物の内面で起きており、舞台上では派手なことは起こらない」みたいな静かなお芝居が主流になっていきました。これはまあ主観なので詳しい人には「そんなことはない」と怒られるかもしれませんが、とにかく私には難解で、その頃からなんとなくお芝居も観なくなりました。

おそらく予算の問題もあったんじゃないかなと思います。不況が常態化してしまったら、そりゃパイプ椅子だけで成立するようなお芝居が人気になりますよね。経済的な難しさはもちろん私自身にもありました。遠征費・宿泊費、きついですもんね。みんな、時代の影響を大いに受けます。

ところが先日、『ふくすけ』の三度目の再演のニュースが入ってきました。私が一番お芝居を観ていた時期に一番「すごいな」と思った、派手で悪趣味全開な松尾作品が、令和に上演される。時代に抗っている感じがします。いや、もしかしたら、時代がまた別の方を向き始めたのかも知れません。

観に行こうかな?どうしようかな?チケット高いな。いやその前にこのインバウンド復活状況で宿が確保できるのか?さらに京都って!などなど、いろんな思いが駆け巡る中、松尾さんの最新戯曲本を読んでみました。

『ツダマンの世界』は昭和初期から戦後を生きた小説家・ツダマンこと津田万治と、それを取り巻く様々な人々の物語でした。過去作では『悪霊~下女の恋~』に似た愛憎渦巻くストーリーです。昔の作品よりも文学や芸術への思いとか、あと登場人物たちが時代の流れに翻弄されながらも自分を貫く姿が強い筆致で描かれているなと思いました。

そうか、こういう円熟味が出てくるのか、と感心した次第です。とはいえ昔ながらの松尾ギャグも健在で、特に主人公の原点となる継母との関係性を「物差しでひたすらぶつ」という行為に集約しているのは「これぞ松尾戯曲」という感じで大いに笑いました。

久しぶりに戯曲を読んだのですが、やっぱりお芝居って良いですね。そして、ちょっと時代は変わりつつあると思います。もしかしたら、これからは派手で、賑やかで、想像力とカタルシスに満ちた演劇のブームがまた来るかもしれません。

個人的にはそうなってほしいですし、特に若い世代に期待したいですね。元気なお芝居はやっぱり、若い人達に作って貰いたいです。


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