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ウブとすれ

平日休みに銭湯に行ったら、帰りにたまたま友人と会った。

せっかくだからと、一緒に銭湯の近くにあるファミレスに久しぶり行ったのだが、例の料理を運んで来るロボット給仕が気になって仕方ない。
あいつが噂の…と思いながら、様子を見ながら食事をする。
奴がやり甲斐を感じているのかどうかは知らないが、ホールでは満遍なく良い動きをしていた。

あいつも、店が終わったら、おつかれ様ですと店長に挨拶し、店を出て鞄をぶらぶらさせながら、明日は休みだからたまには外でひとっ風呂浴びるかとか言ってやっぱりあの銭湯に行って、そのあと行きつけの飯屋で食事するのかな、その時運んでくる給仕もやっぱりロボットなのかなとか考えていると、目の前の人間に、話聞いてる?と言われる。聞いていなかった。

私の役をロボットがやったほうがよっぽど真面目に話を聞くだろうなと思う。

だとしたら、今私が食べている匠のハンバーグスープセットは果たして何の意味があるのだろう。
あとこの匠って誰なんだろう。
もしかして、この匠もロボットでは。

なぜか板前服を着た小柄な料理人風ロボットが、それよりちょっと背が高くてひょろりとした細長い形の見習いロボットに、いちいち聞くんじゃねぇよ見て覚えるんだよ、ったく最近の奴ぁ何も知らねえ、図体ばかしでかくて、頭使え頭、大学出のくせによぉ、とかなり強めに詰めているところを思い浮かべている。口の悪い匠の洗礼を受け、見習いは黙っている。若い彼はまだ顔が出来ていない。目鼻立ちは悪くないけどどこか腫れぼったくてぼんやりした顔立ちをしている。彼もあと10年もしたら、徐々にくっきりした顔になっていくのだろう…。その頃には「口は悪いけど本当は優しい」という匠の特性も明らかになっていることだろう…。

友人夫婦はどうやらセックスレスらしい。

私がロボットのことを考えている間、彼女はその話をしていた。

セックスレス

平日の昼間のファミレスの話題としてなんだかチグハグな気がするけど、逆にものすごくこの場に合っている感じもする。
和洋中、前菜からデザートまで、コーヒーからアルコールまで、それらを全て取り揃え、老若男女全てを受け止める、全てを包み込む、それがファミレスだ。
懐の深さというのはこういう事を言うのだろうなと思う。

夫婦の事がうまく解決すると良いなとは思うが、友人とはいえ、他人の性事情のことはわからない。物事は詳細が分からないと分からないし、これについてはあまり詳しく知りたくもないので全体的に話がふわっとしたまま流れていく。

それに、そもそも彼女は夫とセックスしたい訳でもなさそうなのだ。
したくないけど気に入らないという話だ。
あと彼女はサービス精神があるので、ぼんやりしている私に話題を提供してくれているだけなのだとも思う。

これはセックスの話ではなくて、このようなやり取りの中での彼女との関わりなのである。
銭湯に行った帰りに、たまたま彼女と会って、ファミレスのロボットに気を取られながらセックスレスの話を聞く昼下がりに、私は今生きている。

もう4年半以上セックスレスらしい。
私はいいんだけどね、なんかね…と話は続いていく。

ここでもし、趣味とか見つけたら、などと言ったら、完全に人間性を疑われるんだろうなぁと思いたち、それを言ったら変な空気になると思うほどに衝動にかられそうになり、打ち震えそうになる。
止まりかけの扇風機の前で指を突っ込みたくなって我慢する時にすごく似てる。

そういう時は震えそうになる行為と逆のことをする必要があるわけで、それは結局何もしないことだ。
私は相談されているわけではなく、我らの邂逅の中での一連の儀式の中にいる。

洋食なのになぜか板前服を着たやや学歴コンプレックス気味の小柄な匠の作るハンバーグは、今まさに咀嚼され私の血肉になっていく。私は腹を満たし、万全な状態で彼女の話を聞いている。


例のファミレスのロボットは相変わらずホールを動き回りテキパキと働いている。

一度だけ、何か不具合があったらしく、店長らしき中年男性が奥から出てきて、ロボットのミスをケアしていた。その席の初老の女性客はその様子を見てニコニコしていた。ロボットを見る目は、まるで孫を見ている様であった。

あいつはミスをしても逆に癒しを与えられる、つまり愛される力があるのだろう。アイドルみたいだ。そう思ってみるとあのフォルムの丸さも愛らしさを強調しているようにしか見えない。

一生懸命だけど少しだけ未熟な若者に割と多くの初老は弱い。(それが自分の生活と密接でなければないほどに。)

私は中年で偏屈な性格なのだが、それでも歳をとるにつれ自分の中の尖りが摩耗してきたので、何となく分かるような気がする。

例えばそれが虚像であっても、初心、ウブという状態は通り過ぎた者にとっては、象徴的な刹那だ。

嘘だろうが何だろうが全てひっくるめてそれらがいかに刹那か知っているから、初老は目を細めている。
大切なのは見た目だけではない。やつらのフォルムはあくまでオプションである。細められた目はアイドルの向こう側のものを愛でている。

セックスレスの話は既に終わっていた。
色々言っても、彼女はいつも程良いところで落とし所を見つける人だし、どんな時間も必ず流れていくから今わからないこともそのうち何とかなるだろう。
まぁ、何ともならなくても時間は流れていくだろう。

一生懸命だけどドジっ子で今後の成長を感じさせるロボットを見ていて、なんとなく、私たち二人はもうウブでないんだな、すれちまったんだなと思う。

私たち、とか言ってしまった。
彼女を完全に私のロボット妄想の巻き添えにしてしまったが、まぁ良いだろう。

でも、もっと年上の人から見れば、それでも私の年齢ではまだまだで、今が一番良い時らしい。
つまりはこんな今さえも刹那なのだと思うと、今度は呆然とする。この先もずっと刹那が待っている。


食事と会話を終え、二人でファミレスの外に出れば、空は暮れ始めている。

空の青とグレーにピンクが滲んで黄色がまばらに飛んでいる。

もうすぐ日が沈む。

じゃあまたね、と手を振りあった彼女が背を向けて遠ざっていく。
彼女は家路についている。
小さくなっていく姿を、ぼんやりと眺めているうちに、このまま夜になってしまいそうだ。



※見出し写真はイメージです。

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