短編小説 | 駄文
温めたフライパンに油をひいて、たまごをひとつ、ふたつと落としていく。この時に「ジュッ、ジュッ」という音が聞こえる人はそこそこいるのだ。だけどその次からは、油がぱちぱち言う音が気になったり、ヘラでいじくる音が気になったり、再び点火されるガスコンロの音が気になったり、それぞれなんだろう。
たまごに火が通って色が変わる。
目玉焼きを二つ並べたらハートになったと言う人があれば、おっぱいみたいという人もいるだろうが、少なくともわたしにはおっぱいなんかには見えないし、そういう見方をしたくない。「いやいや大丈夫。わたしにもおっぱいに見えていますよ」なんて、口が裂けたって言わない。
「あなたにわたしの悲しみなんてわかるわけない」なんて声高に言われた朝に、「人間って本当に滑稽だな、可愛いな」なんてつよがれるほど、わたしはその滑稽さに順応していないし、ちゃんと傷ついている。
「だからよー、いいかげんよー、きづけよなあ」なにが。
「人の痛みなんてよー、わかるわけねーだろーが」そうそう、よくぞ言った。どっかのおやじ。
そろそろ共通言語になっていたと思ったのは間違いで、まだまだ人の痛みを隅々まで共有できると思っている人が、虫眼鏡で探さなくても見つかるくらい、世の中には溢れている。らしい。
普段は言葉を好き勝手に使っても、肝心なところで言葉を無くすのは、よくあること。それが人間の素敵なところ。だってそれでなくちゃ、世界がうるさくてかなわない。
せっかく、あんぱんを齧ったら幸せになれるよって教えて貰ったのに、白つぶあんぱんを食べても、いつもの黒いつぶあんぱんを食べても「同じじゃん」って思ってつまらなくしているのは自分なんだ。
ふざけている男子を出席簿で殴った女子は笑っていただろうか、それとも泣きそうな顔をしていただろうか。
その女子は誰のためにその男子を叩いたのだろう。その男子は殴られる瞬間、その女子の表情を見て、「おれ、悪いことしたんだな」って、反省したのか、しなかったのか。
殴ったのは出席簿の表紙か、背表紙か、それとも金具のついた角っこか。
「おいおい、血が出たからうちのヤベエ母ちゃん連れてくるぞ」と言われる想像をして泣き出した女子のことを、本当はその男子が殴られる瞬間に好きになってしまったこと。
誰が知るの。そんなこと。
熱々を食べたくてフライパンから直接目玉焼きを食べていると、あっという間に二つ目の目玉焼きのきみはかちかちになって、少しも好みではなくなったりする。
あなたは狂人?
それとも善人?
それとも偽善者?
それとも世界に愛された唯一無二の存在ですか?
[完]
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