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「光り輝くそこに あなたがいるから」 第⑬話
一体どうしたというのだろう。歩いても歩いても浜につかない。歩き慣れたこの道だ。間違えるはずはない。
さっきから誰ともすれ違わない。海風を感じるし、いつも通り、潮の香りがする。それでも何かが違って見えるのは僕の思い込みなのか。
みずきと何日顔を合わせていないだろう。最後に会ったのはいつだったか思い出せない。だけど、はっきり覚えているのは、彼女に抱きしめられた感触と、彼女を抱きしめたときの、とても穏やかで幸せな気持ちだ。
そう、確か最後に彼女を抱きしめたのはここだった。
気がつくと、彼女といつも別れる場所に着いていた。
浜へ降りる階段はすぐに見つかった。そこからいつもの浜へ、ゆっくりと階段を降りる。
浜には人がいた。その男女は、僕が最も大切に思っている二人だ。
『田端、ついにみずきに会ったんだな』心で思って、笑ってしまった。二人で何を話しているか知らないが、大切な二人が一緒にいることが、なんだかとても微笑ましい。
それはそうと、なぜ田端は僕に会いに来ないでみずきと会っているのだろう。そんな疑問が浮かんだが、深く考えることはせず、階段に腰掛けて二人を見守った。
僕はこの時、二人以外の、もう一人の存在に気づいていた。
波打ち際ぎりぎりに砂を盛って、一生懸命何かを作っている男の子だ。一心不乱に遊んでいるその子は、二人からそう遠くないところにいる。
僕は、ゆっくり男の子の方に歩いて行った。
「何を作っているのかな」
男の子に話しかけた。僕の方に顔を向けたその子は、にっこり笑ってから「おうち」と言った。
『ああ。この子がみずきの弟なんだ』
僕はみずきの方を見た。相変わらず、田端とみずきは何か話しているようだった。
『良かったな、みずき。この子はちゃんとここで待っていたんだよ』
僕は男の子の頭をなでて、言った。
「そろそろ行こうか。お姉ちゃんが心配するから。大丈夫。僕が一緒に行くから、もう寂しくないよ」
僕たちは手を繋いだ。
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「突然のことだったけれど、いつでも起こり得ることだったんだ」
田端は私に気遣いながら、ゆっくりと説明する。
先天性心疾患を抱えて生きてきた文人は、突然訪れるかもしれない「死」と、常に向き合って生きてきたこと。田端も文人の家族も、誰一人、彼の最期に立ち会えなかったこと。
「文人は、僕にいつも言ってましたよ。もし自分が死んだらって話」
田端は海を見つめている。私は風を感じながら、波の音に意識を集中させる。
「大丈夫。大丈夫」
田端には聞こえない声で、自分に向けてつぶやき続ける。
「自分が急にこの世からいなくなることがあったら、瑞希さんに会って全て伝えてほしいと言われていました」
田端の顔を、正面から見た。よく見ると、目は腫れて、だいぶ疲れた顔をしている。随分たくさん涙を流したのだろう。そして私も、自分では気づかないほど自然に、とめどなく涙がこぼれているようだった。
「あなたは、文人にとって特別な人だから、僕にできることがもしあるのなら、できるだけ力になりたい」
田端は辛そうな笑顔を作った。
私は少し考えてから、言った。
「彼の住んでいた部屋に、私が移り住むことはできませんか」
私の提案は意外だったのかもしれない。田端は、色んなことを一通り想像してみたのだろう。しばらく無言だったが、私の目を見て言った。
「文人の家族に話してみます」
部屋にある唯一の白いカーテンからは、朝の光が柔らかく差し込んでくる。太陽の光で目覚める朝は、とても気持ちがいい。
「おはよう」
どこに向かってというわけでもなく、目覚めると必ず声に出して「おはよう」と言う。
この町に、この部屋に住むようになって随分と経った。ここに住むようになってからは、朝の散歩はしていない。というより、する時間が無くなってしまった。
モーニングサービスのあるカフェの出勤時間は早い。大好きな空間で働けるようになって、私の生活は今、とても充実している。
店の鍵を開けて誰もいない店内に入ると、まずは掃除をする。最初に掃除を始めるのは、大好きな彼との思い出の詰まった、あの窓際のテーブル席からだ。
「おはよう」
彼の撮った写真に向かって、そう声をかけることが日課になっている。彼や、弟がいるであろう、空と海の境目のまばゆい光を見つめる。私は写真の中のその光を見つめて、二人のことを思う。
かつて彼が座っていた席に腰掛け、少しの間、目を閉じる。
頭の中で、あの幸せな夢を思い出す。
暖かい砂浜に横たわる私。そのすぐ側に彼がいて、私の肩から腕にかけて優しく撫でてくれている。
やがて、ゆっくりと目を開ける。
私は今日もここにいる。あたたかく、幸せな気持ちに満たされていた。
【完】
全13話
お読みいただきありがとうございました。
1話からはこちらです。
https://note.com/aomame_nono/n/nb0033047a37c
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