人の性的嗜好に興味がある。(エッセイ)

今朝、渾身の体験記(エッセイ)に出会い、今日の私は、もう何かを書きたい気分にならないかもしれないと思った。
そこで映画を見たり、本を読んだりしていたのだけれど、ふと私がいつも気にしていることについて書いてみようと思った。

私は人それぞれが持つ『性癖』というものにすごく興味がある。
その前に、人の体について興味がある。
保健体育は好きだったし、大人になってからも体に関する専門書をたくさん買ったり、若い頃のクリスマスのデートで、『人体の不思議展』をリクエストしたりもした。大胸筋をかき分けて小胸筋の筋膜をリリースしてみたくて自ら肋骨を折ったこともある。(だいぶ説明を端折ってます)

若い頃、首と腰のヘルニアでなかなか思うように体を動かせなかった。体の動かし方どころか、重心がどこかわからない。授業中は椅子に座っていられない、体育の授業を休まなければならない。社員旅行に一人だけ欠席しなければならない、ボーリングに誘われても行けない。
楽しみを手放す悲しみだけならまだしも、ベッドや椅子からの立ち上がり方に数秒間悩むようになったときには絶望的だった。
ストレスなのか、脳の思い込みなのか、それなりの施術を受けに行っては「交通事故にあったみたいな体だね」と言われるだけで、ぎっくり腰を繰り返して車椅子にも乗った。

その後の回復までの道のりについては、また別の機会に書くとして、「体って不思議、体って案外思い通りにならない」こういう思いをいつもぶら下げていた気がする。

そして、とても体にとって素直で大切な「性欲」に関しても、脳との関係とか、知れば知るほど面白いし、切実だなと思っている。
先に述べておくと、残念ながら私には、人が興味を持ってくれたり、驚いてもらえるような性癖はない、はず。まだ開拓の余地があるよ!と言われたらそのとおりかもしれないけれど。
人の数ほどあるだろう性生活。他人と交わらなくても生じる性欲の、処理の仕方だったり。今はたくさんの情報があるから共有できたり、理解しやすくていいなと思う。

好きな人の糞尿を食してみたいと思うこと、幼児のフォルムを愛してしまうこと、罵倒されないと興奮できないだとか、あげればきりがないし、私は詳しくないので、まだまだ知りたい。それは、体のどういう部分のどういう反応なのかなとか。
妊娠出産のことを題材として書きたくなるのも、ものすごい体の変化の末に起こる現象だからなのだと思う。そしてそれは心(脳)と体は繋がっている、繋げることができるということを、この数年間で体験してきたからだとも思う。
今の私は腰痛も、肩こりも、生理痛も、尿もれもない。たまに頭痛はあるけど。
自分の体の隅々まで感覚を行き届かせるようになるトレーニングを積んでいくと、なにが起こるのかと思えば、小説を書けるようになった。
心の揺れが体の反応となって表れることを知り、呆然とした時の体の状態を想像して書く。(表現出来ているかは別として)
おそらく、自分の体がバラバラの方向を向いて作用していた頃の私だったら書けないと思う。

自分の体についても知らないことが多すぎるのに、他人の体のことを知ることって、すごく高度。特に肌を重ね合わせる時には、いつだって「最後のネタバラシ」みたいなシチュエーション、やってみないとわからないという恐怖感もなきにしもあらず。
お互いの心地よさのバランスを探り会える関係が理想。ここまではいい、ここからはだめ。それは『喘ぎ』では伝わらないから、言葉も大事なんだろうな、そんなことを思いながら、興味深く読ませていただいた新原わたりさんのエッセイ。

すべての感情を網羅している文章だから、気をつけて読んでいただきたい。




#エッセイ








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