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ショートストーリー|あなたのレモンを聞きたいの。|シロクマ文芸部

 レモンから何を得ようとしたのだろう。
「レモンはきっかけに過ぎない」と一人は言う。
「レモンというのは大抵、ただの飾りだもの」

 果たしてそうだろうか。私には〝瀬ト内〟というブランド名にレモン心が動いた人々が、こぞって〝ブランドレモンから得られる特別な経験〟を求めて集まったように見えた。
 このように、純粋にレモンと自分の関わりを見つめ直そうとした彼らが、努力の末に味わったものはなんであったか。その答えは、瀬ト内レモンの〝皮の苦み〟だった――。
 私は彼らの話を聞くことにした。

「正直、皮だなんて聞いてねーよって思ったね」
「私は……その……皮の苦みが新鮮で、なんというか……嬉しかったな」
「皮だろうがなんだろうが、もらえただけラッキー。感謝してます」

 どうやら、予期せず苦みを味わったというのに、感謝している方が大半のようですね。とても美しい心意気です。舌に感じた苦みもいつかは和らぎ、この経験が新しい気づきを生むということに価値を見出したのでしょうか。そんな皆さんを私は誇りに思います。しかし私としては、肝心なことを聞かずにこの場を去るのは嫌なんです。これは極めて個人的な興味からの質問であるとご理解ください。……訊きたいこと、それは「率直な感想」です。どなたか、瀬ト内レモンの果肉や果汁をしっかりと味わった方はいらっしゃいませんか? 

「あ、はい。私です。味わいました。ちょうど皮の薄くなった部分から果汁をひと舐めしました」

 そうですか。で、いかがでした?

「ええ、なんというか……一言では言えないような体験でした。とてもそれ・・らしくて、納得がいって……。自分のこれまでを振り返りましたね。なんて中途半端に甘酸っぱい想いをしてきたのだろうと」

 甘酸っぱい? これまで口にしてきたレモンは甘酸っぱく、瀬ト内レモンとはまるで違ったということですか?

「はい、違いました。本物の味がしました。さすがブランドになるだけあって、市場に並ぶまでに並々ならぬ努力をされたんだなって、感動したんです」

 そうですか。そんなに。では、どのような味だったのか、いよいよお聞かせ願えますか?

「それはつまり……とても、とてつもなく……甘かったです」

 甘かった? レモンが?

「だって、ただのレモンではないですから。『お母ちゃん、うち、誕生日にケーキいらんわ。瀬ト内レモンでええねん』がキャッチコピーなんです」

 へえ。とても信じがたい。甘いレモン。ケーキよりも甘い。それはつまり、もはやレモンではない、そんな風には思いませんでしたか?

「思いました。だけど、こういうものがブランド化されて認められる世の中なら、私の古い価値観を捨てて、瀬ト内レモンのようにステップアップしていくことも素敵だな、と思ったんです」

 それは一理あるのかもしれませんね。うん。いや、なんだか、あなたのお話を聞いていたら昔のことを思い出してしまいました。この私にもそんな頃があったなあって。だけど、ある人がね、言ったんです。「やっぱ酸っぱいレモンが好きだなあ」って。「目が覚めるような酸っぱさ。ああ、なんて清々しい。他の物には無い、強烈な刺激。たまらないよ、唯一無二だもの」って。だから私は、自分の酸っぱさを責めないことにしたんです。そうかと言って、酸っぱすぎる私で終わるつもりも、無いですけどね。

 私の言いたかったことは伝わっただろうか。伝わらないよね。あはは。そんなもんだよなあ。万人に伝わるなんてありえないもんな。だけど、最後に話した彼女、私の話を聞いて涙を流してた。
 結局、そういうのが嬉しいんだよね。だからね、私はこれからもレモンのことについていろんな意見を聞きたいんだ。一人ひとり、違ったレモンの話をさ。




#シロクマ文芸部

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