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フライパンジュウ デザインのひみつ

藤田金属は、大阪の八尾市の工業地帯にある町工場です。

1951年の創業以来、フライパンやアルミタンブラー、アルミの急須や風呂桶など、金属を使った様々な日用品を製造してきました。

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普段はこの工場で、フライパンや鍋がどのように製造されているのか。ざっくりと見てみましょう。

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① 平らな金属板を、ちょうどクッキーを型抜きするような要領で、巨大な機械で打ち抜きます。

②打ち抜いた板を「プレス加工機」という機械にセットし、上下から強い力で挟み込むようにして、おおよその形を作ります。

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③おおよその形ができたら、「ヘラ絞り機」という機械にセットし、高速回転させた素材に対して「ヘラ」をゆっくり押し付けることで、金属板をゆっくりと伸ばし、鍋やフライパンの形を作っていきます。

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④ヘラ絞りで形が完成したら、藤田金属独自の「ハードテンパー加工」という焼き入れを行ます。

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⑤表面仕上げが完了したら、取っ手などを取り付けて完成です。

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さて、「プレス加工」「ヘラ絞り」などの工程を見て来ましたが、実は、これらの工程には欠かせないものがあります。それは「金型(かながた)」です。

「金型」とは、鍋の形をつくるために必要な金属の塊のこと。

身近な例でいうと、たい焼きの型などを思い起こしてもらえると想像しやすいかもしれません。何かを繰り返し作るための金属の原型=金型です。

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日本の多くの工場ではこの「金型」と「加工」とは別の工場で行うのが普通なのですが、ここ藤田金属では金型も自社で製造しています。

「金型」の製造を行うのは藤田金属二代目社長にして藤田家の父、藤田俊介さん(写真右)。

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その金型製造技術を現在受け継いでいるのが、藤田家三男の藤田幸三郎さん(写真左)です。


そして「へら絞り」などの量産を担当するのが、次男の藤田信二郎さん。

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全体の指揮をとりつつ「企画」や「営業」などを担当するのが、長男の藤田盛一郎さん。

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そんな藤田金属は、ひとことで表現してしまえば「家族経営の町工場」。もしかすると工業地帯にはありふれているのかもしれないそんな体制ですが、フライパン「ジュウ」を開発するためには欠かせない形でした。

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「金型」は「金型工場」で。
「プレス」は「プレス工場」で。
「ヘラ絞り」は「ヘラ絞り工場」で。

金属加工に関わらず、日本の多くのものづくりの現場は、このような分業体制が前提になっています。

なぜかというと、その方が効率が良いから。 コストが抑えられるから。

それぞれのスペシャリストが、川上から川下まで1方向にスピーディーに流していくことで、定められた製品を効率よく大量に製造することができます。

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しかし、まだ世にない新しいものを作るためには試してみないとわからないことが山ほどある。そのため、川上から川下へと綺麗な流れを作るのは不可能になります。

スピードや効率ではなく、 行ったり来たりを繰り返し、素早く実験できる環境が求められるわけです。

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金型から製造そして販売まで全てを自社で行えること。さらに、それらを担当する父と息子3兄弟が、いつでも話し合えるくらいに近くにいること。

一見すると「家族経営の小さな町工場」にしか見えないこの体制も、「新しいもの、画期的なものを作る」という視点から見ると、違って見えてきます。

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藤田幸三郎さんは、一緒にお酒を飲んだ時にこんなことを言っていました。
「イーロンマスクと一緒ですわ!テスラと一緒ですわ!」

テスラに限らずAppleも、自社内に高度な加工機を備え、数多くの試作を作ることは有名な話。

この小さな町工場の一見非効率に見える体制は、実は画期的な製品を作るためには最も適した体制なのかもしれません。



そして野望が生まれる


2016年の春頃のこと。

東京の中目黒で活動するクリエイティブユニットTENTが、自社の商品の製造先として、工場を探し回っていました。

その中で出会い、実際に試作を依頼することになったのが、後にフライパン「ジュウ」を共同開発することになる、藤田金属株式会社でした。

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藤田
ウチの工場は様々な企業からの製造委託を請け負う一方で、自社製品として「フライパン物語」という商品を作っていまして。

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鉄フライパンと持ち手の組み合わせを自由に選べる商品で、「日本製」「職人の手作り」「鉄製で長く使えるフライパン」などの特徴が大好評で。

ありがたいことに百貨店やカタログギフト、テレビショッピングなどで引き合いが絶えない状態でした。

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藤田
ただ、そこからさらにもう一歩踏み出せないかという漠然とした悩みを抱えてまして。 そんなタイミングで、もともと知り合いだった竹内香予子さん(DRAW A LINE のメーカーである平安伸銅工業社長)と久しぶりに会う機会があって。

僕が「最近TENTさんの製品を試作してますよ」って世間話ししたところ、竹内社長から「藤田金属さんの商品も、TENTさんに絶対に相談すべき!」とゴリ推しされまして、相談することになりました。

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アオキ
最初の打ち合わせでは、アルミの急須や鍋なども話題に出てましたけど、話していく中で全員が「やっぱりやるなら鉄フライパンだよな」という方向にまとまっていった感じでしたね。


ハルタ
鉄フライパンで何か新しいことをやる。それ自体は何かワクワクしてはいたんですけど、よく考えるとそれって難しそうだなあと最初は思いましたよ。


青木 はるか昔から存在する道具だから、大きく形状を変える必然性が無い気がして。じゃあ表面処理とか色だけを変えるのかっていうのも違う気がして。

ただ闇雲に形を考えても答えが見つからないので、まずは目指すべきゴールは何だろう?というところに頭を使っていきました。

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ーそんな漠然とした状態の中、ふと世の中のフライパンを見渡している時に、TENTの青木はあることに気づいたと言います。

アオキ
これまでのフライパンって「料理人のための最高仕様!」だったり「主婦の味方!」みたいなものが多い。 お母さんが、あるいはシェフが誰かのために作ってあげることが前提になっていないか?と。

「調理する人」と「食べる人」が、 あるいは 「調理する場所」と「食べる場所」が分離している事を前提にしてるものばかりだってことに気づいたんです。

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アオキ
今の世の中、というか今の僕自身の事ですが、昔よりも「自分で作るのって格好良い」と感じてて。

たとえば、ちょっとした家具は自分で作りたいし、子供のオモチャもできれば自分で作りたいし。調理器具で言うと、毎朝自分でコーヒーも豆をガリガリやって淹れてるし、料理もするし。


ハルタ
時代背景もありますね。レシピなどのノウハウがWeb上で共有されたり、物流の充実や3Dプリンターの普及などの流れから、DIYブーム、MAKER'Sブームなんていうものもあって、さらに成果物をSNSで気軽に見せられるし。

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アオキ
もちろん格好良いだけではなくて、自分が作って自分が食べるだけの状態って、実は誰の身にも日常的によくある事で。

たとえば僕なんかは、奥さんと子供が帰省してて1人暮らしの時なんかは、焼きそばやチャーハンを作る。でも皿に盛りつけずにフライパンから直接食べるみたいなことをしちゃうことがあるんです。


ハルタ
僕も1人暮らしの学生時代ってそういうことありました。ラーメンを作って、鍋から直接食べたりとか。ちょっと切ない気持ちにはなるけど、洗い物が少なくて済むから便利ではあったりして。


アオキ
そうそう、効率を重視するあまり、決して人様には見せられないという食事、ありますよね。

でも、自分が自分のために、効率良く調理して食べる。それって本当はすごく格好良いことなのに。もったいないなあと思ったんです。

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アオキ
だから、自分で作って自分で食べる、その一連の行為を効率良くする。しかも格好良くする。そんな存在感のものが作れたら最高だなということに思い至りまして、そこを起点にアイデアを練ることになりました。


ーこうして、TENTと藤田金属という少人数によるフワフワした取り組みに明確な野望が打ち立てられました。

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作れども作れども完成しない日々



「つくる」と「たべる」を一つにする。
明確な野望を打ち立てたTENTと藤田金属でしたが、その後の道のりは決して簡単なものではありませんでした。

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藤田
TENTさんと僕とで話し合って、ざっくりと「取手が着脱できるフライパン」が作りたいとは言ってましたけど、その2週間後くらいの1発目の打ち合わせでは、すでにほぼ最終に近いスケッチをご提案いただけてましたよね

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アオキ
うわ、確かに、ビックリするくらい最終形に近いですね。でも実はそこまでに紆余曲折がありまして。


ハルタ
締め切りギリギリになってもあまりにも思いつかないから「2人でアイデア出ししよう」って、近所のカフェに行きましたもんね。


藤田
へえー!


ハルタ
実は、難しさの1つに「金属だけで作る」という課題がありました。最初に工場見学もさせていただいていたので、藤田金属さんは金属の製造加工は得意だけど、樹脂(プラスチックなど)の成形品は不得意であることがわかっていたので。

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アオキ
取手が着脱できるフライパンはすでに世の中に沢山あるわけですが、その多くが樹脂を使うことで、取手とフライパンとのロック機構を実現しています。

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アオキ
「金属だけでロック機構を実現するためにはどうしたら良いか?」
今回は、まずここから考えました。

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藤田
いっぱい出してますねえ!

ハルタ
金属だけという制約の中だと、トングで挟む、ネジで固定するなどの方法がすぐに思いつくわけですが、今回の場合は何か違う気がするわけです。


アオキ
強く握っていないといけなかったり、ネジを回さなければいけないようでは毎日使う道具としてはちょっと違和感があります。スムーズに装着し、そのまま固定できる機構はないかと、うんうん悩みました。


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アオキ
そうして悩む中で、ふと思ったんです。ハンドルの構造だけに悩むのではなく、フライパン側に何か構造をもたせたら良いんじゃないか?って。


ハルタ
フライパンのフチの形状を工夫することで、ハンドルがシンプルにできるんじゃないか?っていうアイデアですね。

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藤田
なるほど。でもまだ、だいぶ形が違いますね


アオキ
外側に大きな壁面をもたせて、そこにハンドルをひっかける。そうすることで、ひっかけるだけなのに安定感があるような、無理のないハンドル構造ができるのではと考えたわけです。


ハルタ
それで、このアイデアを上から見た図を描いた時に「何かに似ているなあ」「あ、お皿に見える!」と気づいて。

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アオキ
このときに、周囲にリムがあることで「お皿らしい佇まい」が実現できることに気づいたんです。そこでここからは、よりお皿らしく見えるように形を整えて行きました。

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ハルタ
ここまで来て、ようやく最初のスケッチの構成に近づいてきた。


藤田

僕はここで初めてスケッチと試作を見たんで、一発でこんな凄いもん出したんや!って驚いてたんですけど、へえー、なるほど。


アオキ
でも実は、ここからが苦難の始まりでしたね。

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藤田
確かにそこからが本当に長かったですね。


アオキ
はい、この時点でスライド方式で装着できるというアイデアまでは、何とか至っていたわけですけど、金属のみでシンプルなスライド構造を考える。ここは本当に大変でしたね。


ハルタ
しかもフライパンが厚手の鉄板でできているから、想像以上にものすっごい過重がかかるわけです。


アオキ
僕たちは「普通に、毎日使える」というのを目指しているので、値段もこなれたものにしたかった。なので、極力シンプルな加工方法を目指して、本当に様々な構造を試しました。


藤田 
作ってみないとわからない部分も多くて。本当にたくさんの試作を作りました。

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アオキ
とにかく金属の加工精度が想像以上に安定しなくて。図面や3Dプリンターモックでは成立しているのに、金属だとグラッグラだったりとか。


ハルタ
加工の容易さも達成しつつ、加工精度のバラツキを許容するような構造をどう考えるか。

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アオキ
たくさんのスケッチと試作を、来る日も来る日も作り続けました。そうしていよいよ実用に足る試作ができて、使ってみたところ。


藤田
ありましたね、青木さんのオムライス事件


アオキ
そうそう。何週間も使い続けて問題がないことを確認して、休日に子供のためにオムライス作った時のこと。大量の具材が入ったフライパンを持ち上げ、傾けていたら、グニャリと。


ハルタ
内部の金属が少し変形してしまったんですよね。


アオキ
幸いフライパンが脱落したり、怪我をすることはなかったのですが、やはり実際に使うと、荷重試験などで想定していたものとは違う、予想外の角度から大きな荷重がかかることがわかり。


藤田
そこからまた、ゼロから構造を考え直しでしたね。

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アオキ
寝てても夢の中で構造検討してるんですよ。本当に脳がおかしな状態に陥ってました。でもそのおかげでまた、新しい構造を思いつくことができて。


藤田
ようやく構造が出来上がったと。ただこれをまた、量産のバラツキがどこまで抑えられるか、例えば、どう固定してどう溶接すれば位置がズレないかなど、何度も何度も試作検討を繰り返しました。


ハルタ
事務所が鉄材だらけになるくらい、本当に数多くの試作でしたね。


藤田
構造が完成してからも、木の内部構造を0.5mmだけ変更したり、金属の厚みを少し厚くしたり、ネジ位置を数ミリ変更したり溶接を工夫したり。細かな調整が何ヶ月も続きました。

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アオキ
でも見てくださいそのおかげで実現できた、このスムーズな着脱機構!

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アオキ
やっぱりシンプルなものを作るためには、数え切れないほどの検証が必要なんですよね。僕の人生の中でも、かなり長期な検討期間でした。藤田さんはどうですか?


藤田
普段はこういう新しい構造みたいなことにはそんなにチャレンジしてなかったので、相当参りましたよ。何度も「もうダメなんちゃうか」と思いましたもん。


ハルタ
とはいえ発売までこぎつけて、本当によかったです。


アオキ
ご使用いただく際には「どこに苦労したの?」と思うくらい、シンプルで違和感のないものに仕上がっていると思います。ぜひ、ここまで話して来た苦労話なんて忘れて、気軽に毎日使って欲しいです。


藤田
忘れられませんて!

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ハルタ
忘れてしまうくらい長く、このフライパンを使っていきましょう。


アオキ
確かに。


藤田
鉄フライパンは使えば使うほど使いやすくなる、一生モノの道具ですからね。

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「つくる」と「たべる」を一つにする。
町工場が作る鉄フライパン「ジュウ」。

ぜひ一度、使ってみてください。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


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2021年
フライパンジュウは、ドイツの有名なデザイン賞
RedDot を受賞しました!

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この世界的な賞をきっかけに「つくる」と「たべる」を一つにする快適さを、世界中の多くの方へ体験してもらえると嬉しいな、と思います。



フライパンジュウのInstagram





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