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新人社員の限界社会生活②

「やあ、お疲れ様。限界新人社員くん」
入社して二日目。
営業の仕事を終え、会社に戻ってきた僕に、社長がそう声をかけてきた。
「お疲れ様です」
社長に対し、僕は挨拶を返す。
「いやあ悪いね。入社して二日目なのに、こんな遅い時間になっちゃって」
時刻はすでに19時半を回っていた。定時は17時半なので、二時間の残業だ。
「いえいえ。今日先輩に奢ってもらった炒飯がすごく美味しかったので、全然大丈夫ですよ!」
しかし、残業したことに対して僕は怒るつもりはみじんもなかった。
というのも、雇用契約書には『残業代を出す』と、しっかり明記されていたからだ。
残業をすることになっても、お金が出るならそれでいい。
冗談を言う僕に、社長は「それはよかったね」と微笑みを返し、そこで、その日の業務は終了。
僕は軽やかな足取りで帰ったわけだが。

それからしばらくして、僕はこの会社に騙されていたことを知ることになる。


発狂する先輩。世界一虚しい自慰。

「残業代? うちの会社はそんなん出ないよ」

その真実を知らされたのは、初めての残業から一週間後。
夕暮れ(18時)の中、先輩の運転で会社に戻っている時のことだった。
「……はい?」
思わず聞き返した。
「でも、雇用契約書にだって、法定外時間労働したらしっかり残業代を払うって書いてありますよね?」
「うん、書かれてるね」
僕の言い分に先輩は首肯する。
けれど、先輩はそれでもなお「残業代は出ないよ」と続ける。
「でも、先輩はいつも残業してますよね?」
「うん、してるね。というか、現在進行形でもしてる」
「じゃ、じゃあ何で残業代が出ないんですか?」
すると、先輩は僕の方を一瞥してから、その質問に答えた。

「簡単なロジックだよ。つまり、社長は俺たちが残業をしてることを『認識してない』んだ」

認識……してない?

「いったい、どういうことですかそれは……?」
先輩の発言に困惑する僕。
そんな僕を諭すように、先輩は改めて説明してくれた。
「ここの会社、残業をする時は残業許可の書類を事前に社長に提出しておかないといけないんだよ。で、社長の許可をもらわないと残業とは認められない」
先輩の話をまとめると、こういうことだった。

つまり、残業の許可を得ていないということは、それは正しい残業ではない。
故に、残業とは認められない。認識されないのだ。

一見すると、少し手間が増えただけでそこまで問題はないように感じる。
けれど、僕はその話に愕然としてしまった。
というのも、このシステムは絶望的に営業の仕事とかみ合ってなかったからだ。
営業は訪問先へと車で向かい、客と話し合って、物を販売するのが仕事だ。
そのため、客との話し合いが想定より長くなったり、道が渋滞して帰りが遅くなると言った予測不可能な展開が多数発生する。
また、この会社の営業は機械の修理などを依頼されることも多く、機械の修理に手間取って、時間が遅くなるということも普通にある。
つまり、残業することになるかは実際に一日を過ごしてみないとわからないのである。
なのに、会社は事前に残業許可書類を提出しろと言う。
それはあまりにも難しい要求だった。
が、それよりも愕然とした理由がもう一つ。それはーー

いや、その話おれ聞いてないんだけど?


入社して一週間。もうすでに何度か残業しているのに、だ。
先輩に詳しく話を聞いてみると、残業許可書類の存在を知ったのは先輩にとってもつい最近のことだったことがわかった(ちなみに、この先輩はこの会社に入社してから7年は経っている)。また、他の社員も皆それを知らないことが後日判明した。
つまりこの会社は、今の今まで社員全員に残業代の申請の仕方を隠ぺいしてきたのだ。
狡いことを平然とやってくるこの会社に深く絶望する僕。
そんな僕を慰めるように、先輩が言う。
「まあ、そういうことだからさ。限界新人社員くんはちゃんと定時で帰るんだよ」
「でも、それじゃあ先輩の残業は全部ーー」

水の泡。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


次の瞬間、先輩は口から泡を吹く勢いで発狂しだす。
そんな先輩を見て、僕は胸を締め付けられた。
この先輩は、僕と同じ大学出身の人だった。そして、同じ研究室出身の人でもあり、僕は入社前からこの先輩の偉業や伝説を数々聞いてきた。尊敬できる先輩だったのだ。
そんな先輩の、こんな姿は見たくなかった。



その夜(22時)。自宅のパソコンでウタのR18イラストを見ていると、スマホの通知音が鳴った。
スマホの画面を点けてみると、そこには『社長』の文字。どうやらメールが来たようだった。
ふと、残業代とは別の、さっき先輩から聞いたもう一つの話を思いだす。

何でも社長は、残業代を払わないくせに、残業を強いてくることがあるという。



「ふざけんなよマジで……」
その事実に、無性に腹が立った僕は、社長にメールを送り返すと同時、天高く体液を解き放ったのだった。
世界一虚しい、自慰の時間だった。

それからしばらくして、初任給の明細が渡される。
しかし、いくら見てもそこに『残業代』は含まれていなかった。


noteにまとめるほどでもない内容は今後Twitterで挙げていくので、興味があればどうぞ。

ID→@SEKIRO77663745


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