フォローしませんか?
シェア
あおいゆの
2018年2月5日 14:57
「ごめん、結婚することになった。今までありがとう。」そのメールが届いたのは、新幹線の発車1分前のこと。「旅行したい」といったら、数日後に彼にチケットを渡されたときには、舞い上がるほどにうれしかった。昨日はわくわくして、眠れなかった。どの服を着ようか悩んで、悩んで、荷物のチェックも何度もした。可愛い旅行バッグも買った。すっぴん風に見えるメイクも練習したし、可愛く見えるまとめ髪の
2018年2月6日 09:35
無理矢理仕事を終わらせて、新幹線に飛び乗った。彼との初めての旅行だから、必死で仕事を片付けた。旅行のための時間を作るために、今週は寝ないで仕事をしていた。会社に泊まるまではできないけれど、着替えを持ち込んで、近くのネカフェでシャワーを浴びて仮眠をとっていた。やっと休み、楽しみにしていた旅行、のはず、だったのに。ギリギリで乗り込んだ新幹線で、彼を驚かそうと思ったのに。座っていたのは
2018年2月7日 18:41
「なんで、降りないの?」いくつ、駅を過ぎただろう。隣に座ったまま、動かないし、降りる気配もない。この鉄の女は、このままひとりで旅行ができるのだろうか。涙も流さないなんて、悲しくないのだろうか。それでも、彼のことを好きだったのだろうか。私にはわからない。悲しいときには、涙は勝手にあふれてしまう。「あんたこそ、早く降りなさいよ。」足も腕も組んだまま、向こうをにらみつけてい
2018年2月8日 10:00
新幹線は順調に駅に到着しているけれど、この女は動かない。降りる気がないのだろうか。それとも、帰ることすら自分では決められないのだろうか。だいたい、いつも誰かとべたべたしている。仕事中も、お昼も、帰りだって必ず連れ立って会社を出ていく。ひとりで過ごせないのだろうか?…彼は一体、この女のどこが好きだったのだろうか。車内販売が通りかかった時に、フルーツサンドが見えた。生クリームが
2018年2月9日 11:12
フルーツサンドの生クリームの甘さが、心を優しく包み込むような気持になった。「おいしい」そう、思わずこぼれたひとことは、嘘じゃない。でもこの女に、お礼なんて言わないけど。だいたい、私は営業部に配属を希望していたんだ。入社の時の希望なんて、とりあえず聞いているだけで、特別考慮されることはないと知った時には、軽くめまいがした。私は、スーツを着て、あちらこちらの会社をまわって契約をと
2018年2月10日 11:37
新幹線を降りて駅を出たけれど、思ったよりもなにもない街に驚いた。彼はこの街でなにをするつもりだったのだろう。泊まるところは彼が手配するといっていたけれど、きっとキャンセルしているだろうし、ひとりで泊まるつもりもない。帰りの新幹線のチケットを取らなきゃいけないと思いつつ、でもそんな気分にはなれなくて、ぼんやりと街を眺める。さっき散々食べたから、お腹は減っていないけれど、きっとこんな時に
2018年2月11日 16:37
私は今、新幹線に乗っている。さっきとは反対側に流れていく景色をぼんやり眺めている。そういえば、さっきは景色なんて見てないし覚えてないけど。なんでこんな思いしなきゃならないわけ?って、さっきは悲しみばかりだったのに、今はふつふつと怒りがこみあげてくる。可愛いと思われたかった。可愛いと言われてうれしかった。だけど、可愛いっていってくれたから、好きだと勘違いしたのかもしれない。うん
2018年2月12日 10:23
帰りの新幹線を待つホームで、あの女の姿が見えた。さすがに帰りは違う車両だ。あんな人だとは思わなかった。…違う。決めつけていたんだ。知ろうともしていなかったんだ。勝手に嫌な人だと決めつけて、勝手に敬遠していただけ。だけど、わたしは一体どれほどの人のことを、本当にわかっているのだろう。新幹線の中から、流れる景色を眺める。たくさんの人が生きているけれど、こんなスピードですれ違う