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【漫画原作シナリオ】人と獣の境界線 第一章

あらすじ

人間と獣人と有翼人の三種族は対立している。
公佗児獣人である薄珂の弟・立珂は有翼人。立珂の羽は美しく、捕まえ売ろうと人間が襲ってきた。
薄珂と立珂は象獣人金剛に救われ、獣人の隠れ里に住む。
そこで共に立珂を守ってくれる人々に出会い、兄弟の人生は大きく変わっていく。
illust Dimoon様(Twitter @Dim_Dim0)


第1話

■場所(生き物の気配がしない入り江・深夜)

薄珂は立珂を背負って海水から離れた場所まで行くと倒れ込む。
立珂は背中に大きな傷があり、そこから流れる血で羽も服も真っ赤。
薄珂も全身傷だらけで、立珂の血が染みて全身が真っ赤になっている。

薄珂「大丈夫だぞ、立珂。すぐ手当してや――っ!」

薄珂は激しい頭痛がして反射的に頭を抑える。

立珂「薄珂、あたまいたいの……?」
薄珂「大丈夫だ。それより隠れないと」

薄珂は隠れる場所を探してきょろきょろするが、ドスドスと地響きのような音が聞こえてくる。

薄珂〈足音? 獣か〉

薄珂は立珂を負ぶって立とうとするが、激しい頭痛がして倒れる。

立珂「薄珂!? 薄珂!」

足音が近づいてくる。
頭痛で動けなくなった薄珂は立珂を抱きしめる。

薄珂〈今度こそ守らなきゃ……〉

足音が間近で止まる。
薄珂はそのまま気を失う。

■場面転換(薄珂と立珂の小屋前の薫衣草畑・昼)

薄珂は地べたに足を放り出して座っている。その真横ですよすよと昼寝をする立珂。羽が風にそよいでいる。
薄珂の頬を汗が伝う。立珂も寝汗をかいていて、汗疹になってる身体も掻こうとする。薄珂は団扇で立珂を扇ぐ。

薄珂「起きたら水浴びしような」
立珂「んにゃっ」
薄珂「ん?」

立珂は寝ぼけて身体をびくっと揺らす。手を伸ばして空気を掴み口へ持っていきもぐもぐする。

立珂「腸詰……」
薄珂「それは俺の指だぞ、立珂」

立珂の頭を撫でていると、獣化した慶都が上空から飛んで来て薄珂の腹部に直撃する。

薄珂「ぐふっ!」

薄珂は傍に置いてある畳み終わった洗濯物ごと地面に倒れ込む。
慶都は薄珂の腹の上で人間の姿になると丸裸だった。

慶都「薄珂! おはよう!」
薄珂「慶都……鷹で突っ込むのは止せとあれほど……」
慶都「あ、ごめーん」

慶都は無邪気に笑い、薄珂は苦笑いで溜め息を吐く。
薄珂は洗濯物からシャツを取り出し慶都に着せるが、大きすぎてワンピースのようになる。
物音に気付いた立珂がうっすら目を開ける。

立珂「薄珂ぁ……?」
薄珂「ごめんごめん。起こしたな」
慶都「起きた!? 起きたなら遊ぼう!」
立珂「ん~……」

立珂は這って薄珂ににじり寄り、薄珂の膝に頭を乗せるとまた寝てしまう。
立珂の羽が雪崩れてきて、薄珂も足に重みを感じる。

薄珂〈立珂は羽が重すぎて歩く事もできない。少し動いただけで体力が尽きるからすぐ眠くなる〉

薄珂「起きたら按摩しような」
慶都「羽根の生え際揉んでもらうの好きだよ、俺」
薄珂「有翼人の羽は神経通ってないよ」

遠くから慶都の母が走ってくるが速度はかなり遅い。到着した時には肩を大きく上下に揺らしていて呼吸は荒い。

慶都の母「慶都! 獣化しちゃ駄目って言ってるでしょ!」
慶都「人間の足遅いからやだ」
慶都の母「おばか! 人間に見つかったらどうするの!」

ドスドスと地響きのような足音が響いてくる。
足音のする方を見ると獣化した金剛と孔雀がいる。金剛は大量の荷物を身体に括りつけられている。
金剛は荷を下ろし人間の姿になって服を着る。

薄珂「金剛! お帰り!」
金剛「おう。泣かなかったか」
薄珂「いつまで引っ張るのそれ……」
金剛「俺が出かけるって言ったら行くなと泣き出して」
薄珂「だ、だってあの頃はまだ色々怖くて!」

金剛は豪快に笑いながら薄珂の頭をわしゃわしゃと掻き回した。

薄珂〈金剛は俺と立珂の命の恩人だ〉

■場面転換(薄珂の回想・孔雀の診療所・昼)

薄珂は目が覚めたら孔雀の診療所にいた。
腕の中では立珂がくうくうと寝息を立てているが、手当てがされていて身体も綺麗になっている。

金剛「お! 目ぇ覚めたな!」
薄珂「誰だ!」

金剛と孔雀が入って来る。

金剛「象獣人の金剛だ。獣人の隠れ里で自警団の団長をやってる」
薄珂「孔雀といいます。人間ですが獣人専門医ですよ」
薄珂「人間!?」
金剛「安心しろ。この人は獣人の味方だ」
孔雀「君たちは兄弟ですか?」」
薄珂「立珂は弟だ」
孔雀「有翼人の血縁なら君も人間ですね。ご両親は?」
薄珂「……人間に殺された」
金剛「そうだったか。でももう大丈夫だ。ここは安全だ。よく弟を守ったな!」

金剛はわしゃわしゃと薄珂の頭を掻きまわす。

■場面転換(回想終了。薄珂と立珂の小屋前の薫衣草畑・昼)

薄珂〈あの時金剛に拾われてなかったら今頃立珂は……〉

薄珂の頭を掻きまわしていた金剛の手が止まる。金剛は慶都と慶都の母を見ている。

慶都「だから! 立珂を里に入れてくれたら獣化しない!」
慶都の母「長老様が決めたんだから仕方ないのよ」
慶都「なら俺がこーぎしてくる! かーちゃんには頼まない!」
慶都の母「慶都! 待ちなさい!」
薄珂「金剛止めて! 俺達はいいから!」
金剛「……すまん!」

慶都の母親と金剛は慶都の後を追い里へ戻る。

孔雀「本当に立珂君が大好きなんですね」
薄珂「でも慶都が追い出されたら困るよ」

薄珂〈それに里の近くに住めるだけでも有難いんだ。下手に騒いで追い出される方が困る〉

薄珂は小さくため息を吐く。

■場面転換(孔雀の診療所・朝)

薄珂と立珂は孔雀の家で朝食を食べている。

薄珂〈孔雀先生ですら里に住まわせてもらえないんだよな。一緒にいてくれるから俺達は有難いけど〉

立珂「おいしー。 先生お料理上手だよねえ」
孔雀「有難うございます。腸詰もっと食べますか?」
立珂「食べる! んむっ」

孔雀の差し出した腸詰に飛びつきもぐもぐする立珂。
外から慶都の声がする。

慶都「せんせー! 開けて! 大変大変!」
孔雀「慶都君。どうしたんです」

扉を開けると、慶都は血だらけの大きな兎を抱えている。
兎は後ろ足に大きな傷があり白い毛が赤く濡れている。

慶都「崖に引っかかってたんだ。獣人だよ。大人の男だった」
孔雀「手当しましょう。奥に寝かせてください」

慶都が診療所に入ると兎は目を開け飛び跳ねる。

慶都「うわっ!」

うさぎから血が飛び散るが、構わず薄珂たちを睨みつける。
薄珂は立珂を背に庇う。
うさぎは姿を人間の男に変えた。

薄珂〈きれい……〉

薄珂は男の白い髪と真っ赤な目に見惚れるが、兎獣人の男はぎろりと睨み返す。 

天藍「何だ。じろじろ見やがって」
薄珂「あ、ご、ごめん。これ着なよ」

薄珂は自分の羽織を脱いで差し出したが、男は受け取らず睨みつけている。

天藍「人間か。俺を殺すつもりか」
薄珂「手当てするんだよ」
孔雀「私は獣人専門医です。安心してください」
天藍「人間が獣人の味方をするものか。人間は有翼人も売り飛ばす。そいつも売る気だろ」
立珂「ふぇっ?」
薄珂「先生はそんなことしない! 俺達を助けてくれたんだ!」

立珂は体ごと震えて薄珂にしがみ付く。
薄珂が立珂を抱きしめると、外から金剛が入って来る。

金剛「よう先生! 長老が腰いわしちまっ――っと。なんだ、どうした」
孔雀「ああ、いいところに。兎獣人なんですが、警戒して手当てをさせてくれないんです」
金剛「そうかそうか。おい、安心しろ。この先生は獣人の味方だ」
孔雀「人間は信用できない」
金剛「大丈夫だ。俺が保証する」

金剛は腕だけを象にして見せる。

天藍「象獣人か」
金剛「ああ。この先生には里の全員が世話になってる」
天藍「へえ……」

薄珂〈象の皮膚と重量を自在に操る象獣人は陸最強だ。肉食獣人の牙も爪も、人間の刃物だって通用しない。金剛がいるなら安心するだろう〉

天藍はちらりと孔雀を見る。孔雀は微笑み返す。
薄珂は羽織を突き出した。

薄珂「着なよ」

天藍は大人しくそれを羽織ると羽織に血が沁み込んでいく。それを見た慶都がジャンプする。

慶都「その羽織貸して! うさぎのにーちゃんには俺の羽織貸してやる!」
慶都「慶都のじゃ小さいって。てか、どうすんの」

慶都はにんまりと微笑み、天藍の血が染みついた羽織を持って走り去る。

金剛「落ち着きのない奴だ。先生。奥の寝台に寝かせればいいか」
孔雀「はい」

立珂が立ち上がった天藍に怯え。不安そうに薄珂にしがみつく

立珂「僕の羽そんないいのかなあ……」
薄珂「……大丈夫だ。金剛がいる」
立珂「うん……」

薄珂は両手でしょんぼりする立珂の両頬を包み込む。

薄珂「そろそろ帰ってお昼寝するか」
立珂「……薫衣草畑がいい」
薄珂「そうだな。よし、帰ろう」

薄珂は立珂を抱き上げて孔雀の診療所を出る。
立珂は怯えたように薄珂にしがみ付いて震えている。
薫衣草畑に腰を下ろすと、立珂は薄珂の膝枕で横になる。

薄珂「疲れたな。寝ていいぞ」
立珂「ん……」

立珂は薄珂の手を握りしめて目を瞑る。

薄珂〈もし先生がそうだったとしても金剛がいる。それにいざとなったら〉

薄珂は懐に小刀が入ってるのを確認する。

薄珂「大丈夫だぞ。俺が守ってやるからな」

(第1話 終了)


第2話

■場面転換(薄珂と立珂の小屋の中・昼)

薄珂は昼食の準備をしている。

薄珂〈兎獣人どうしたかな……〉

薄珂は窓を開けて孔雀の診療所がある方向を見るが誰も歩いていない。
立珂が目を覚ます。

立珂「おはよー……」
薄珂「おはよ。あ、汗かいてるな。水浴びするか? 拭くだけとどっちがいい?」
立珂「拭くだけ……」
薄珂「よし。じゃあちょっと待ってろ」

薄珂は桶に小屋のすぐそばにある井戸で水を汲んで綺麗な布を水に浸す。

薄珂「上脱ぐぞ~」
立珂「ん……」

薄珂は立珂の着替えを手伝う。
立珂は少し身体を動かしたが、羽に身体が持っていかれてころんと転がり仰向けになる。

薄珂「おっと。大丈夫か?」
立珂「ん~……」

立珂は体を起こそうとしたが一人で起きられない。

立珂「引っ張ってえ」
薄珂「ん。おいで」

薄珂は立珂を抱き起して壁にもたれさせる。
桶から水に浸した布を取る。

薄珂「拭くぞ。冷たいぞ~」
立珂「ひょっ!」

寝ぼけ眼だった立珂は水の冷たさに驚いてぴょっと跳ねるように震える。

立珂「ちべたい!」
薄珂「もっかいだ!」
立珂「ひゃあああ」

コンコンとノックする音。

孔雀「薄珂君、立珂君。今いいですか?」
薄珂「孔雀先生だ。はーい!」

薄珂は扉へ行き鍵を開けた。そこには孔雀と、後ろには兎獣人の男もいる。

薄珂「あんた……」
孔雀「出血の割りに浅い傷でした。それで、二人にお詫びをしたいと」
天藍「天藍だ。昨日はすまなかった」
薄珂「いいよ。それにあんたを助けたのは慶都だ」
天藍「けど服を駄目にしただろう。詫びをさせてくれ」
薄珂「いいって、ほんとに」
天藍「ならこれだけでも。立珂にどうかと」
薄珂「来るな!」

天藍は持って来た服を薄珂に差し出すが、薄珂はそれを叩き飛ばす。立珂に駆け寄り抱きしめる。

薄珂「立珂に触ったら許さないからな!」
孔雀「天藍さん。この子達も色々あったんです」
天藍「すまない。なら服だけでも。有翼人専用だ。通気性が良く羽接触による皮膚炎を予防してくれる」
薄珂・立珂「え?」

薄珂は叩き落とした服を拾い広げてみる。

立珂「穴空いてる。お腹出ちゃうよ」
天藍「そっちが背中。そこから羽出すんだ。ちょっと着てみろ」

立珂は恐る恐る着替えると恥ずかしそうに顔を赤くした。

立珂「どう?」
薄珂「可愛い! 可愛いぞ立珂!」
天藍「着心地良いだろう。涼しいはずだ」
立珂「うん。すっごくするする」
天藍「それやるよ。他にもあるからまた持って来る」
立珂「いいの!?」
天藍「昨日の詫びだからな」

立珂はきらきらと目を輝かせる。

薄珂〈けど何でこんなの持ってるんだ。まるで有翼人がいるって知ってたみたいだ〉

薄珂が不安げに天藍を見ると、孔雀が薄珂の頭を撫でた。

孔雀「天藍さんは商人だそうですよ。森暮らしの人に色々届けてるんだとか」
薄珂「商人?」
天藍「ああ。崖が想像以上でしくじった」
薄珂「え? 人間に襲われたんじゃなくて?」
天藍「事故だ。足場が悪くてさ」
薄珂「そうなんだ。なんだ、そっか……」
孔雀「大丈夫ですよ。長老様も里への立ち入りを許可してくれましたし」
薄珂「……あの、叩いてごめん。立珂のことになると駄目なんだ、俺」
天藍「いいさ。攻撃は最大の防御だ。けどこれは覚えとけ」

天藍「殺られる前に殺れば確実に守れる。だがそれは全人類滅ぼすまで終わらない。殺る前に信頼できるかどうか見極めろ」

天藍は薄珂の頬を撫でた。温かく包み込んでくれる手に薄珂はいつになく緊張した。

天藍「味方を増やせ。そうすれば弟を守る手段も増える」
薄珂「……うん」

天藍と孔雀は帰って行く。薄珂はそれを寂しく感じる。

■場面転換(薄珂と立珂の小屋の中・朝)

立珂は天藍に貰った服を着て花を振りまくような眩しい笑顔を放っている。

薄珂〈花畑がやって来たみたいだ。こんな笑顔はいつぶりだろう〉

立珂はなんとか背中を見ようと必死に身体を捻ってはくるくると腕を動かしている。
立珂がわちゃわちゃと動き回る様子に薄珂は笑顔になる。

薄珂「そんな動いたら汗かくぞ」
立珂「だって背中見たいんだもの」
薄珂「ははっ。じゃあ後で水浴びしような」
立珂「あ! 薄珂も一緒に水浴びしよう! 遊ぼう!」

立珂はねだるように薄珂の手を引いた。

薄珂〈いつも遠慮してわがままなんて言ってくれなかったのに〉

薄珂は立珂の誘いが嬉しくて胸が締め付けられる。嬉しさで力いっぱい抱きしめる。

薄珂「いっぱい遊ぼう。慶都も喜ぶぞ」
立珂「慶都は水浴び大好きだものね」

薄珂〈天藍にお礼言わなきゃな〉

薄珂が立珂に頬ずりしていると、外から慶都の声が聴こえてきた。そして慶都はノックせず小屋に飛び込んできた。
慶都は一直線に立珂へ飛びつき抱きしめた。

慶都「やったぞ! やったやった!」
薄珂「どうしたんだよ」
慶都「長老様が里で暮らして良いって! 薄珂と立珂も里の仲間だ!」
薄珂・立珂「え?」

薄珂と立珂はぽかんとして首を傾げた。
息子を追って来た慶都の母が小屋に入って来る。
薄珂と立珂は慶都の母を見ると、慶都の母は薄珂と立珂を強く抱きしめる。

慶都の母「長老様のお許しが出たわ。二人ともうちにいらっしゃい!」

薄珂と立珂は顔を見合わせて首を傾げた。

薄珂「えっと、何で急に?」
慶都の母「二人が兎獣人を助けてくれたからよ。なら仲間も同然だって」
薄珂「天藍のこと? 俺助けてないよ」
立珂「僕腸詰食べてた」

慶都はにやりと笑ってわざとらしい咳ばらいをする。

慶都「大変だあ! 兎獣人が崖に落ちた!」
立珂「うわっ。どうしたの慶都」

わざとらしい演技で慶都は驚いた顔をした。
その場の全員がぎょっとして慶都を見つめたが、慶都は自慢げな顔で一人芝居を始める。

慶都「俺は崖じゃ獣化できない! あ! 薄珂がいる! 薄珂! 助けて!」
薄珂「俺?」
慶都「うわあ! 凄いぞ! 薄珂が助けてくれた! でも兎獣人は怪我をしている! 先を待ってたら手遅れだ! ええ!? 立珂手当できるの!?」
立珂「う?」
慶都「やっと先生が来た! やあやあ立珂くん見事な応急処置だ! おかげで一命を取り留めましたね!」

慶都は孔雀の真似をして眼鏡を持ち上げる仕草をし、万歳をして独り芝居を締めくくった。
薄珂と立珂はとりあえず拍手をした。慶都の母はクスクスと笑っている。
その時、笑いながら天藍が入ってくる。

天藍「命懸けで獣人を助けたんだから里も二人を守るべきだって筋書きだな。これが証拠品」

天藍が薄珂に手渡したのは、天藍の血が付いた薄珂の羽織だった。

薄珂「長老様こんな都合の良い話信じたの?」
慶都の母「長老様も口実が欲しかったのよ。同情で規則を破ることはできないから」

慶都の母は慶都の頭を撫でると、息子と同じ様に薄珂と立珂のことも撫でた。

慶都の母「さあ引っ越しよ! 荷物は後で金剛団長が運んでくれるわ」
立珂「でも僕迷惑かけるだけだよ。本当に何もできないんだ。多分みんなが思うよりずっと」
慶都の母「あら。立珂ちゃんには一番大変なことをやってもらうわよ」

慶都の母はにっこり微笑むと、慶都を抱き上げ立珂の膝に座らせた。

慶都の母「暇だとすぐ獣化するの。退屈しないよう遊んでやって」
慶都「そうだぞ! 捕まえとかないと飛んでくからな!」
立珂「……本当にいいの?」
慶都の母「もちろんよ。嬉しいわ、息子が増えて」

慶都の母は薄珂と立珂の頬を撫でた。立珂はぼたぼたと涙を流す。
泣きじゃくる立珂を慶都が抱きしめる。

天藍「鷹が有翼人を愛するとは新時代の幕開けだな」
薄珂「愛する!?」
天藍「そうだろ?」
薄珂「っだ、駄目! 絶対駄目!」
天藍「何でだよ。まさか一生二人だけで生きていけると思ってないだろうな」
薄珂「でも立珂は俺が守るんだ!」
天藍「ああ、寂しいのか」
薄珂「違う! ちが、違わ、ないけど……」

薄珂が立珂を見ると慶都とじゃれ合っている。薄珂はぷんと口を尖らせる。
拗ねる薄珂を見て、天藍はくくっと面白そうに笑う。

天藍「寂しいならお前も相手を見つければいいだろ」
薄珂「そんなのいない。俺は立珂が一番大事だ」
天藍「今現在は、だろ」

天藍は少しだけ腰を曲げて、薄珂の顔を覗くように見るとぐっと顔を近づた。
そして尖っていた薄珂の唇に自分の唇をちょんとくっつける。

薄珂「……あ?」
天藍「愛情はもっとも利用価値のある鎖だ。これも覚えとけ」
薄珂「は!?」
立珂「あー! 薄珂に何すんだー!」

薄珂は顔を真っ赤にして口をぱくぱくとさせている。
立珂は驚きぴょっと飛び上がるように背を伸ばし、じたばたと暴れて机を叩いた。

天藍「しばらく孔雀先生のところにいるから遊びに来いよ」

天藍はひらひらと手を振ると、ほくそ笑みながら出て行った。
立珂はぎゃあぎゃあと騒いでいたけれど、薄珂は呆然と天藍の背を見つめていた。

(第2話 終了)

第3話

■場所(慶都一家の家・朝)

眠っていた薄珂はギシギシと寝台が軋む音で目を覚ます。

薄珂「……立珂? もう起きてるのか?」
立珂「あ、おはよう薄珂」
薄珂「おはよう……って、あれ?」

薄珂は寝台に腰かけている立珂の頭からつま先までをじっと見た。
寝間着ではなく天藍から貰った服を着ている。

薄珂「誰かに手伝ってもらったのか?」
立珂「違うよ! 一人で着替えたの! すごいでしょ!」
薄珂「ああ、一人で――……一人で!?」

立珂は畳み終えている寝間着を自慢げに薄珂に見せる。
薄珂は驚いて目をぱちくりさせる。

薄珂「え? 何で? どうやって?」
立珂「天藍がくれた服のおかげだよ! これ釦外すだけでぺろって脱げるの。動かなくていいんだよ。下は腰布で隠してるだけなんだけど、お着替えしたっぽいでしょ」
薄珂「凄いじゃないか! それに可愛い! さすが立珂だ!」
立珂「えへへ~」

薄珂は立珂を抱きしめて頬ずりをすると、立珂も嬉しそうに笑っている。
コンコンとドアをノックする音がする。

薄珂・立珂「はーい!」
慶都の父「おはよう。元気いっぱいですね」
薄珂「おじさん! ねえ、立珂見て!」
立珂「僕一人でお着替えできたの!」
慶都の父「それはよかった。でも今日はもっと良い物があるんですよ」
薄珂・立珂「いいもの?」

薄珂は立珂を抱き上げ慶都の父のについて行く。
居間には慶都と慶都の母、金剛と天藍もいる。
立珂を見つけた慶都が薄珂の脚にしがみ付いてくる。

慶都「立珂! おはよう!」
薄珂「俺は?」
慶都「薄珂も!」
金剛「おお。起きたか」
天藍「おはよう」
薄珂「おはよ……」
立珂「がるるるる」

薄珂は口付けされたことを思い出し、恥ずかしくて目を逸らす。立珂は薄珂に触らせまいと警戒する。

天藍「まあまあ。立珂に良い物持って来たんだぞ」

金剛が背に隠していた車椅子を薄珂と立珂の前に出した。
薄珂と立珂は二人揃ってこてんと首を傾げた。

薄珂・立珂「これ何?」
天藍「使えば分かる。立珂が座って薄珂は後ろの持ち手を握れ」
立珂「うん……?」

金剛は軽々と立珂を抱き上げると車椅子に座らせる。
薄珂は背もたれの後ろに付いている二本の棒を握る。

天藍「よし。薄珂、押してみろ」
薄珂「このまま? 立珂落ちない?」
天藍「ゆっくり押せば落ちない。いいから押してみろ」
薄珂「うん……?」

薄珂は恐る恐る車椅子を押した。
ほんの少しだけ前に進み、薄珂と立珂はじいっと床を睨んだ。

立珂「……床が動いてる」
薄珂「違う……立珂が動いてるんだ……」
立珂「僕は動いてないよ……」
薄珂「立珂だよ。立珂が椅子ごと動いてるんだ……」
天藍「今度は立珂が自分で動かしてみろ。車輪に付いてる輪っかを前に押すんだ」

立珂は輪っかを握るが不安そうにした。それに気づいた金剛が薄珂を立珂の向かい側に立たせ、自分は立珂の横に立つ。

金剛「薄珂に向かって進め。俺がここにいてやるから安心しろ」
立珂「う、うん……」

立珂は車椅子を動かし薄珂の元へ辿り着く。
薄珂は目の前にやって来た立珂を確かめるように両手で頬を包み込み、立珂はその手を握り返す。
薄珂と立珂は目に涙を浮かべて抱き合った。

薄珂「凄いぞ! 一人で動けるじゃないか!」
立珂「うん! うん! 僕動けたよ!」
天藍「こいつは車椅子っていうんだ。立珂にやる」
立珂「え!? 貰っていいの!?」
天藍「そのために作ったんだ。と言っても、俺は設計しただけで作ったのは金剛だけど」
慶都の父「足場の悪いところは駄目ですよ。慣れるまでは大人と一緒に使うこと。まずは庭で練習しましょう」
立珂「はいっ! お庭で練習します!」
慶都「俺も俺も!」

立珂と慶都は庭で車椅子を乗り回している。
薄珂はそれを見つめていると、天藍が頬を拭ってきた。

薄珂「な、なに。なにすんの」
天藍「泣くほど嬉しい?」
薄珂「え? あ、お、おれ」

薄珂は慌ててごしごしと目を擦り、誤魔化すように立珂に視線をやる。

薄珂「あれ天藍が考えたの?」
天藍「人間の製品だよ。脚の不自由な人間が使うんだがもっと雑な造りだ。金属を綺麗に湾曲させることはできないし」
金剛「人間は非力だからな。しかしお前は人間に詳しいな」
天藍「ああ。人間と暮らしてたからな」
金剛「人間と!? お前人間の仲間なのか!?」

金剛は天藍を睨みつけ薄珂を背に庇う。

薄珂「金剛! 天藍は獣人だよ!」
金剛「どうだか。人間の愛玩動物獣種は人間に付く奴も多い」
天藍「それ猫獣人の長老にも言ってこい」
金剛「里に何かしてみろ。その頭踏みつぶしてやる」
天藍「陸で象とやり合う馬鹿いないって」

天藍は降伏したように両手を上げる。

天藍「邪魔そうだから帰るよ。またな、薄珂」
薄珂「ちょっと待って!」
金剛「薄珂!」

薄珂は金剛の制止を振り切って天藍を追いかける。

薄珂「天藍!」
天藍「立珂の傍にいなくていいのか」
薄珂「金剛がいるから。ごめんね。せっかく作ってくれたのに」
天藍「金剛と立珂は別の話だ。気にしなくていい」
薄珂「でも……その……」

薄珂〈嫌いにならないで、ってのは違うよな……〉

天藍はまごつく薄珂の頬を突いた。

薄珂「んにゅっ」
天藍「里想いの正義漢だな、金剛は」
薄珂「天藍……!」
天藍「立珂のとこに戻ってやれ。お前と遊びたいだろ」
薄珂「じゃあ天藍も一緒に」
天藍「孔雀先生が飯作ってくれてるから帰るよ」
薄珂「あ……」

天藍は背を向けひらひらと手を振って去っていく。
薄珂はその背が見えなくなるまで見つめている。

■場面転換(孔雀の診療所・昼)

薄珂と立珂、金剛、慶都、孔雀、天藍で薄珂と立珂が住んでいた小屋の片付けと掃除をしている。
薄珂と孔雀が小さくて細かい物を持ち出し、金剛と天藍が大きな家具を移動させ、立珂と慶都は立珂の抜け落ちていた羽根を集めてごみ袋に入れていく。
昼食の時間になり孔雀の診療所へ戻ると慶都の母が食事を用意してくれていた。

慶都の母「お疲れ様。やっぱり男手があると違うわね」
金剛「これくらい朝飯前だ」
天藍「象はそうだろうよ……」

金剛は息一つ切れていないが、天藍はぜえはあと激しく呼吸をしている。
金剛は勝ち誇って鼻で笑ったが、天藍は言い返す余力もなく机に突っ伏している。

孔雀「そうだ。明日から十日ほど出て来ます。薬棚は触らないで下さいね」
薄珂・立珂・慶都「十日?」
薄珂「長いね。遠くに行くの?」
孔雀「いつも通り蛍宮ですよ。ただちょっと調べたいことがあって」
金剛「おいおい。明日は狩りだ。付いて行ってやれんぞ」
孔雀「買い出しはしないので一人で大丈夫ですよ。天藍さん、書類は書けてますか?」
天藍「ああ。よろしく頼む」

天藍はポケットから四つ折りにした紙を取り出し孔雀に渡す。

立珂「なあにそれ」
天藍「蛍宮の入国審査書類だ。審査が通らないと入国できない」
薄珂「でもあそこ人間の国だよ。獣人は入れないでしょ」
孔雀「いいえ。蛍宮は中立国ですよ」
慶都「ちゅーりつこく? なにそれ」
孔雀「人間と獣人も有翼人も、種族関係無く一緒に暮らしてる国という意味です」
立珂「でも人間の国だよ」
孔雀「皇太子殿下は獣人ですよ。割合として人間が多いだけで、獣人も有翼人もいます」
立珂「けど悪い人間がいたらどうするの?」
孔雀「それは人間からしたら悪い獣人がいたらどうするの、ということです。同じ立場なんですよ。だから厳しい審査で人となりを見極めるんです」

薄珂〈見極める……〉

孔雀「その厳しさ故ですかね。審査はひと月は待たされます」
立珂「そんなに!?」
孔雀「ええ。それまでは治療に専念です」
金剛「待て。それなら蛍宮まで担いでやるから今すぐ出ていけ」
天藍「だから審査があるんだよ」
孔雀「審査待ちのための宿泊施設がある。そこへ行け」

金剛と天藍がばちばちと火花を飛ばす。
孔雀が二人の顔を見てため息を吐く。

孔雀「森の山道を担ぐなんて傷が開きますよ。それに長老様は里に住んで良いとまでおっしゃってるんでしょう」
金剛「長老様の目が届かぬ危険物排除も俺の仕事だ」
天藍「気に入らない相手に難癖付けてるだけに見えるけど」
金剛「何だと!?」
天藍「そう苛々するなよ。審査が通ったら出て行く」
金剛「さっさといなくなるに越したことは無い」
天藍「ああそうかよ」

金剛は腹を立てているが、天藍は馬鹿にしたように笑っている。
孔雀は呆れてため息をついたが、薄珂は呆然としていた。

薄珂「出て行く……?」

薄珂〈そっか……そうだよな……〉

立珂「薄珂? どうしたの?」
薄珂「え? あ、う、ううん」

立珂に顔を覗き込まれて正気に戻る薄珂。
薄珂の天藍を盗み見たが、天藍は薄珂の視線には気付かない。

慶都の母「そうだ、先生。子供の鳥獣人がいるって噂になってないか調べてみてくれないかしら」
慶都「それ俺のこと?」
慶都の母「そうよ。見つかってないか確かめておかないと」
孔雀「分かりました。でも鳥獣人は公佗児獣人伝説の陰に隠れてしまいますからねえ」
薄珂「公佗児獣人?」
金剛「まだそんなお伽噺流れてるのか」
孔雀「蛍宮は多民族国家ですからね。新旧問わず伝承が増えてるんですよ」
慶都「公佗児獣人ってなに? 伝説の獣人?」

慶都が身を乗り出す。
孔雀は分厚い本を取り出し開いて見せた。そこには大きな羽を広げて悠然と空を舞う一羽の鳥が描かれていた。

孔雀「身体の倍以上にある羽を操り神速で駆け抜け人を食いつくす――という伝説です」
慶都「食う!? 悪い獣人なのか!?」
天藍「単なる印象だよ。野生の公佗児は生き物の死肉を食うだろう? しかも大きい。だからだ」
孔雀「しかも公佗児獣人は存在を確認されたこともないですしね。蛍宮は色んな獣種がいるのでそういう話が根付きやすいんでしょう」
慶都「なーんだ。まあ、いたって関係ないね。鳥獣人最強は鷹だ! 俺が立珂を守るんだ!」
慶都の母「だからって鷹になっちゃ駄目!」
慶都「やだ! 立珂を守るためなら何とだって戦ってやる!」

慶都は立珂に抱き着いた。立珂も嬉しそうに笑ってる。
しかし薄珂は唇を噛んで俯き、それに気づいた天藍が指先で薄珂の頬を撫でた。

天藍「どうした、変な顔して」
薄珂「……俺も慶都みたいに強かったら立珂を守れたのかなって」
天藍「何言ってる。今立珂が笑ってるのはお前が守ったからじゃないか」

薄珂〈慶都は立珂を掴んで飛べる。鷹の爪なら肉食獣とだってやりあえる。でも俺は立珂に怪我をさせて運よく金剛に拾われただけ……〉

薄珂は俯き膝の上で拳を震えさせた。
天藍はぽんぽんと薄珂の背を撫でてくれている。

薄珂〈今のままじゃ駄目なんだ。もっと力がないと〉

(第3話 終了)



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