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パレスチナの旗とウクライナの旗

スラヴォイ・ジジェクの論考紹介

2023年10月21日

【ちょっと長い解説】

パレスチナを支持することは、ウクライナを支持すること、ウクライナを支持することは、パレスチナを支持すること

 イスラエル軍によるガザへの地上侵攻の危機が迫っています。パレスチナ人、イスラエル人の死者はすでに5千人を越え、ガザでは何十もの医療機関が攻撃されて、子供や女性を含む何百人もの患者が殺されています。何としてもガザ侵攻を止めたいと、祈るような気持ちでいます。

 一方、ウクライナでは侵略者ロシア軍を国境の外に押し戻そうとするウクライナ人の反攻が続いていますが、兵員数でまさるロシア軍を前に、戦いは困難を極めているようです。

 パレスチナ人の闘いも、ウクライナ人の闘いも、どちらも民族の独立と自由、つまり自分たちの国民国家を樹立しようとする脱植民地主義の闘いであるにもかかわらず、西側と東側という陣営間の戦いとして理解されている現実があります。アメリカなど西側諸国はウクライナとパレスチナでの戦争を、どちらも「西欧の民主主義国対東方の専制」の対立として描き、ロシアなど東側諸国は「西欧の新自由主義国対多極的世界を求める東側諸国」の対立として描いている。世界の左派の多くも、残念ながらこうした陣営主義的な思考に巻き込まれています。

 そうした中で、スロベニア出身の哲学者、スラヴォイ・ジジェクは、大国のはざまで苦闘する、小国、植民地の人びとの視点から、イスラエルを擁護するウクライナのゼレンスキー大統領を批判しています。ロシア軍と戦うウクライナ人はパレスチナ人を支持すべきであり、シオニストと戦うパレスチナ人はウクライナ人を支持すべきである、それは世界の人民の立場でもあると、ジジェクは主張しています。

 以下に紹介する論考では触れられていませんが、ジジェクの立場に立って戦っている人びと、つまり、パレスチナを支持しながらロシア軍と戦っているウクライナ人、ウクライナを支持しながらシオニストと戦っているパレスチナ人、そして、パレスチナとウクライナの双方を支持して活動している世界の左派は、少数ですが存在しています。彼らこそが希望です。

 紹介するのは、2022年、ロシアによるウクライナ侵攻から半年後の少し古い論考ですが、今、読んで考えるべき重要な論点を含んでいると思います。

(DeepL で自動翻訳したものに手を入れました。誤訳等があるかもしれません。指摘していただければ幸いです)


ウクライナはイスラエルではなくパレスチナである

2022年9月14日
スラヴォイ・ジジェク

 国際関係が機能するためには、すべての当事者が”自由”や”占領”といった概念を語るとき、少なくとも同じ言葉を話さなければならない。パレスチナ人ではなくイスラエル人の側に立つことで、ウクライナ人は道徳的優位の大部分を譲り渡すことになってしまう。

(略)

 アメリカにおいて、ドナルド・トランプたち新右派ポピュリストが取り入れた「法理論」によれば、州務長官が選挙結果を認めないと判断した場合、州議会が独自の大統領選挙人を任命することが可能になるという。2020年の選挙結果を認めない共和党の選挙否定派は、現在、2024年に有権者の意思を覆すために必要な役職に立候補している。共和党はこうして、民主主義の基本条件のひとつである「すべての政治参加者が同じ言葉を話し、同じルールに従うこと」を破壊しようとしている。そうなれば、アメリカは内戦の危機に瀕することになるだろう。

 同じことが世界政治にも当てはまる。国際関係が機能するためには、すべての当事者が”自由”や”占領”といった概念について話すとき、少なくとも同じ言葉を話さなければならない。ロシアはウクライナでの侵略戦争を、「解放」のための「特別作戦」と表現することで、明らかにこの条件を損なっている。しかし、ウクライナ政府もこの罠にはまっている。2022年3月20日、イスラエルの国会で演説したウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は次のように述べた。

「われわれは異なる国におり、まったく異なる状況にある。しかし、われわれは、国民、国家、文化の完全な破壊という共通の脅威にさらされている」

 パレスチナの政治学者アサド・ガーネムは、ゼレンスキーのスピーチを「自由と解放のための世界的な闘い、特にパレスチナ人民の闘いへの侮辱だ」と評し、さらに「ゼレンスキーは占領者と被占領者を逆転させた」と述べた。同感だ。そして私は、「(ロシアの)野蛮な侵略に抵抗するウクライナ人に可能な限りの支援を与えなければならない」というガーネムの意見にも同意する。西側の軍事支援がなければ、ウクライナの大部分はロシアの占領下に置かれ、国際平和秩序の柱である国境の完全性が破壊されていただろう。

 残念ながら、ゼレンスキーのイスラエル国会での演説は一度限りの出来事ではない。ウクライナは定期的にイスラエルの占領を支持する公的立場をとっている。つい先月、駐イスラエル大使のエフゲン・コルニチュクはこう宣言した。

「隣国から非常に残忍な攻撃を受けているウクライナ人として、私はイスラエル国民に大きな同情を感じている」

 イスラエルとウクライナの並列は、まったく見当違いである。どちらかといえば、ウクライナ人の状況はヨルダン川西岸のパレスチナ人の状況に最も近い。イスラエル人とパレスチナ人は少なくとも敵対する他者の存在を認めているのに対し、ロシアはウクライナ人は本当はただのロシア人だと主張しているという違いはある。しかし、ロシアがウクライナに対してそうであるように、イスラエルはパレスチナが国家であることを否定しているし、ロシアによる侵略前のヨーロッパでのウクライナ人のように、パレスチナ人もまたアラブ世界における居場所を否定されている。さらに、ロシアと同様、イスラエルは核武装した軍事大国であり、小さく、はるかに弱い存在を事実上の植民地としている。そして、ウクライナの占領地におけるロシアのように、イスラエルはアパルトヘイトの政治を実践している。

 イスラエルの指導者たちはウクライナの支援を歓迎しているが、その好意に応えてはいない。それどころか、イスラエルはロシアとウクライナの間で揺れ動いている。それは、シリアの標的に対する自国の軍事攻撃をロシアが容認し続けるのを必要としているからだ。ウクライナがイスラエルを全面的に支持しているのは、野蛮で全体主義的な東方からヨーロッパとヨーロッパ文明を防衛する戦いとして、ウクライナの闘争を提示したいという指導者たちのイデオロギー的関心を反映している。

 このような考え方は、奴隷制度、植民地主義、ファシズムなどについてのヨーロッパの歴的責任を覆い隠してしまい、間違いである。ウクライナの大義は、"占領 "や "自由 "といった、普遍的な、誰もが概念や解釈を共有する言葉で擁護されなければならない。ウクライナの戦争をヨーロッパのための闘争に矮小化することは、プーチン大統領の「宮廷哲学者」アレクサンドル・ドゥーギンが「ロシアの真実」と「ヨーロッパの真実」の間に線を引くのと同じフレーミングを使うことだ。紛争をヨーロッパに限定することは、ウクライナ侵攻を、西側の新自由主義的支配に対する闘争の一環であり、脱植民地化の行為、つまり多極化世界へ向けて必要な一歩であるとするロシアの世界的プロパガンダを強化することになる。

 イスラエルによるヨルダン川西岸地区の植民地化を自衛のための闘いとして扱うことで、ウクライナは他国への侵略を正当化し、その結果、自国の自由への闘いを正当化することを危うくしている。遅かれ早かれ、ウクライナは選択を迫られる。普遍的な解放のプロジェクトに参加するのか、それとも、新右派のポピュリズムの波の一部になるのか。

 ウクライナが欧米諸国に「榴弾砲を渡せるか」と尋ねたとき、欧米諸国は「できます!」と言っただけで何もしなかったわけではない。西側諸国は、占領者と戦うために武器を送ることで合理的に応えた。しかし、パレスチナ人が何かの支援を求めると、しばしば西欧諸国からは、抑圧者(イスラエル)との連帯宣言を伴った空虚な声明しか返ってこない。パレスチナが求めるものはイスラエルに渡される。

【スラヴォイ・ジジェク(Slavoj Žižek):ヨーロッパ大学院哲学科教授、ロンドン大学バークベック人文科学研究所国際所長。】

【原文】
https://www.project-syndicate.org/commentary/ukraine-like-palestine-not-israel-by-slavoj-zizek-2022-09

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