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#キナリ杯 おんぶ猫のおはなし

 その日はとても気持ちのいい日でした。日ざしは暖かく、ワタ雲がのんびりと浮かぶ青空から、ときどき風がやさしくユウタくんの頬をなでに来ます。その風に誘われるように、ユウタくんは自然に家から出ていました。とても久しぶりでした。       
「え?」             
 ユウタくんは驚いてしまいました。ユウタくんを追いこした自転車に乗ったおばさんの背中に、ぼんやりした何かがくっついていたからです。よく見てみると、それは毛むくじゃらなのとその毛が茶色や黒や白のまだらだったからで、ピンと立った耳と、ぶらんとしたシッポが生えているのでした。ほかの人にも、下校中の子どもたちのランドセルにしがみついていたり、八百屋のおじさんや、そのお客さんにもしっかりとネコがくっついていました。大きさはちがうようでしたが、みんな三毛猫の雑種のようです。模様がさまざまなので、同じ猫たちなのかちがっているのかはわかりませんでした。汗をかきながら忙しそうに早足で歩くサラリーマンの男の人についたネコは、ひときわ大きくて男の人は疲れて前かがみになり、やっとのことでバスに乗りこむと、大きく ため息をつきました。
「まだあいさつ回りがこんなに残ってる。もうひとがんばりしなくちゃ」 
 男の人はたいへんな思いをして、今の会社に入ったのでした。
「ぼくが学校へ行かなくなってから、世界は変わっちゃったのかなぁ」

 ユウタくんがおっかなびっくり川べりを歩いていると、おじいさんと白衣を着た若い女の人がいました。近くの老人ホームからお散歩してきたようでした。おじいさんのネコはとても小さくなっていて、丸くなったおじいさんの背中でぜんぜん動きません。女の人にいるネコは反対に、野っぱらをかけまわるように背中をかけ上がって髪の毛を引っぱったり、白衣の帯にぶら下がったりしています。
「あのピンク色に咲いたお花、キレイですね! 何ていうお花だろう、わたし、サクラしか知らないから。あははっ! だけど今年もいっしょに見れて良かったぁ。また来年もいっしょですよ!」
 おじいさんはただうなずいています。ユウタくんはふと、あることに気がついて急いで帰ることにしました。

 ママはパートのお仕事でユウタくんひとりです。洗面台の鏡の前に立つと、背中を向けてみました。
 いました!
 ユウタくんのネコは、白衣の女の人よりもちょっと小さいくらいで、からだをピンとのばして前あしのツメだけでユウタくんのTシャツにくっついてあばれていて、クルクルと回っていました。左に回ってよれたTシャツがもどると、また右に回りはじめます。

「それでね、ずっと回ってるから、なんだか笑っちゃった」
 パートから帰ってきたママに言ってみたけれど、口をあんぐり開いたまま何も言ってくれません。それどころかちょうど帰ってきたパパに向かって泣いてしまいました。ずっと家に引きこもってしまったらどうしようかと思ったわ……。ママのネコはゴロゴロとノドを鳴らしています。
「ユウタ、いっしょにお風呂入ろっか?」  
 パパがさそってきました。お酒くさいからイヤだよ、と言うとパパのネコがいきなり大きくなって悲しそうにうずくまってしまったので、いっしょにお風呂に入ることにしました。そこで、ネコのことをパパに話してみました。ネコは水がきらいなのか、お風呂では見かけませんでした。
「ユウタはどう思った? ネコがいなくなればいい? それともいっしょにいたい?」
「うーん、わからないよ。だけど、イヤじゃなかった」 なら、それでいい、神さまが、何かをユウタに教えたいから見えるようになったんだよ。ちょっとビックリしちゃうやり方でね。ユウタくんは聞いてみたくなりました。パパは、神さまに何かを教わってオトナになったの?
「そうだよ、こうやって…とユウタには言えないけど。きっとそれは、口で簡単に言えることじゃないんだ。ただこれだけは言えるよ。どんなことがあってもパパはユウタのパパだ」
「あたりまえじゃないか」
「あたりまえだな。そのあたりまえ、が大事なんだよ」
 すこし困った顔をしていたユウタくんも、パパの笑った顔につられて笑ってしまいました。 つぎの日の朝、顔を洗うついでに背中を見てみました。ネコもさっき起きたみたいで、ユウタくんの背中でまっすぐぶら下がったまま、大きなアクビをひとつ、しました。学校の友だちは、どんなネコをおんぶしてるんだろう?
「ママ、お腹すいた! 今日は学校行くから、ご飯早くしてね!」
 いきなり大きな声を出したので、ユウタくんのネコがビクリ、としたのがわかりました。ほんとうはまだ半分、学校へ行くのが怖くてためらっていたのですが、なんだか胸がすっとして、その半分も風に吹き飛ばされたようにどこかへ消えてしまったのでした。 


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