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人間で発電する部落(妄想散歩)20221230fri176

昨日の散歩のことだ。

昨日、歩いた場所、ある閉鎖された部落の地理的なことは事実だ。幼稚園への道で見たものや部落の路地で見た聞いたものは、妄想散歩だ。

隣町につながる峠の坂を自販機まで登って、Uターンをして惰性で降りる。左手に南無阿弥陀仏と白抜きの赤い幟が旗めいていて、ふと参道へ踏み入った。突きあたりの石垣には「山寺泉浄」つまり「浄泉寺山」と掘られていて、脇に立つガラス張りの掲示板には「除夜の鐘やります」と「正月餅つきます」のはり紙が鋲で貼ってある。

路地を抜けると峠の天辺へ渦を巻くようにしてのびる坂道の先に遊園地らしき敷地が見えた。

思いのほか急な坂で、ロードバイクを降りて坂を歩いて登ることにした。坂道では赤松や杉や檜がたがいに絡まって絶壁の崖にかたむき、道の中央はアスファルトがひび割れ、根っこが盛りあがる。道は細いのに車の往来がやたら激しい。離合帯で止まっている軽を見かけると、後ろから赤い車がぼくを勢いよく追い越していく。

幼稚園だった。園の西には二十五メートルプールほどの敷地にソーラーパネルがあって太い束になった電線はかまぼこ屋根の給食室のダクトにつながる。東の砂利の駐車場に先ほどぼくを追い越した赤い車が止まっていた。女が赤ん坊を抱え揺らしている。園にある遊具は黄色、赤色、青色、紫色や金色などの原色で塗られ、立体的なそれらは西欧の教会や中東の宗教建築物に見える。自家発電の隣にはビニール農園が並ぶ。その風景の写メを撮ろうとした時だった。

黒いカーテンに目の前を覆われてぼくはおどろき、ひっくり返って地面に尻をついた。カラスの大群だった。空を覆うほどのカラスの大群は浄泉寺の裏にある部落のほうへ飛んでいった。

崖の上から見下ろすその部落は数えるほどしかない。いってみることにした。

部落に通ずる唯一の橋を渡る。村の入り口には立派な屋敷があって、共同墓地かと思って踏み入れたら主に睨まれて、路地に引き返す。部落の山手からカラスの鳴き声が恐ろしいほど聞こえてくる。

路地に建つ家はみな掘立小屋だ。部落は二本の川に囲まれている。陸の出島のような形をしている。風呂場のような部屋からゴリゴリと、まるで凍った人間を削るような音が聞こえる。削る度に、ジジ、ジジと裸電球が付く。

生垣の手前に掘られた細い排水溝は真っ赤な血のような赤い液体が流れる。他の家もみなそうだ。赤く錆びたトタンの上にアンテナのような棒が立ち、細い電線が村の入り口の屋敷へと集まっていく。上空から見たら蜘蛛の巣に見えるに違いない。

路地をあがっていく。二軒の農家を越えた坂で止まる。廃屋が傾いて立つ。廃屋は「これ以上進むのはやめよ」といわんばかりに柱と屋根がかたむいている。身震いする。

道を曲がった先が森にのまれている。五十メートル先で白ネコの尾っぽが藪へと消えた。
急に尿意をもよおして、白菜ばたけで立ち小便をしようか迷うが、湯呑みが三つ並ぶ道祖神を見てジッパーをあげる。

下り坂に沿って部落の入り口まで戻る。橋の中央で若い女とすれ違う。女は赤ん坊をおんぶしていた。三十戸しかないこの村には美人すぎると思いながらも頭を下げる。

「こんにちはー」
若い女は、男だか女だかわからぬ掠れた声で、ぼくに挨拶をする。
県道にでる突き当たりまで来て、どうしても若い女が気にかかって、振りかえった。若い女は傴僂(せむし)の農婆のように小さくなっていた。
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