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「蒼龍」山本一力氏のあとがきと解説の抜粋。20230328tue274

1864文字・35min

 今日から段落にひとマスを空ける。

 まずは備忘録メモ。作家は謙虚じゃない。建築家、画家、音楽家、作家。ゲルハルト・ベルガーとモハメドアブドゥルとアカギさん。スタバと新卒ババア。かき菜とほうれん草。色川武大「離婚」。山本一力「蒼龍」。

 小説を書き始めて時が経つとその書きかたは手慣れる。もちろんそのまま新人賞に受かればそれで良しだ。時は、迷いを生じさせる。このままでいいのか? 悩みはひとそれぞれ。色々だ。

 山本一力さんを初めて知ったのはラジオだ。彼の声はバリトンのように低い。ぼくが小説家の声に惹かれてその小説作品を手に取ったのは山本一力さんが初めて。女性作家では川上弘美さんだが、彼女に関しては元々作品を読んでいてラジオで改めてその小説家の声に惹かれたことになるが。

 この文庫本のあとがきにも書いてあるのだが、デビュー前の山本一力さんは数億円の借金(奥さんが事業で失敗した借金)を背負っていた。それで、この「蒼龍」は最後の力をふりしぼって、まさに字義どおりに一気呵成に書き上げた作品だ。これは皆さん読んでみればわかる。作品に内在する文章の凄みがまったく違う。そうやって書き上げた「蒼龍」で彼は第七十七回オール讀物新人賞を受賞した。それからこの作品を鼻緒に彼は大ベストセラー作家(まさしく化物作家)へと変貌をとげた。
 昨年末の話になる。
 九州を発つ前の隣町の図書館の、出入り口から入ってすぐ左の書架の棚の段を見てぼくは腰から崩れ落ちそうになった。その棚の中段の三メートルはある一段は、端から端までぜんぶ山本一力作品が並んでいた。デビューして今なお、彼はダムの決壊のごとく作品を書き続けていたのだ。

 ちょっとまたこのnoteの新人賞受賞組を揶揄するようだが、宮部みゆきも山本一力も本物の作家は二作目からもうダムは決壊するのだ。

あとがきにかえて(352ページ)

 本書収録の五作はいずれも思い入れの深いものばかりです。
 なかでも第七十七回オール讀物新人賞をいただいた「蒼龍」と、「オール讀物」に掲載された四作のなかの「節分かれ」「長い串」は、それぞれに格別の感慨があります。

「蒼龍」は小説雑誌各誌に投稿を続けておりましたとき、何度も最終選考手前で落選することに惓(う)んだわたしが、開き直って一気に書き進めたものです。
 いま読み返してみて、表現の粗さに顔を赤らめましたが、真っ向勝負の意気込みもあらためて感じました。ゆえに推敲は極力控えて、当時の『熱にうかされたような勢い』を残すことを選びました。

(以下、省略)

平成十四年三月
山本一力

解説の冒頭

蝿田一男

 その日、男は、恐らく決然たる面持ちで、紀尾井町にある文藝春秋社本社に訪れたに違いない。手には新人賞に応募する原稿の入った大型の封筒を持ち、男に従うのは彼を支えてきた妻、そして可愛らしい二人の男の子。つまりは、男の家族であった。
 今度こそは、今度こそは、とこうやって幾度家族揃って新人賞では最終選考にまで残ったことがあり、いつもあと一歩のところで受賞を逸していた感があった。
 だが、今回は、覚悟のほどが違っていた。男は最後の切り札ともいうべき、自分自身のことをストーリーの根幹に据えていた。候補作の話のあらましは、こうである。途方もない借金で首がまわらなくなった大工の弦太郎・おしのの夫婦は、極貧の生活の中、瀬戸物の大店岩間屋が出した「新年初荷売出しの、茶碗・湯呑み。対の新柄求む。(中略)礼金五両、ほかに一対焼くごとに、金二文」という張り紙を見て、腐心の末にこれに応募、二年続けて入選を果たすという物語である。そして作品のラスト、夫婦は互いの願いをこめて、天まで昇る龍の姿を、絵柄に描く−−−。
 
ところで、世に小説家になりたい、と思う人が何人もいて、またその登竜門としての新人賞も、数多く設けられている。中には作家という状態に憧れて作品の筆を取り、才気にまかせるままに受賞し、しかしながら後が続かず消えていってしまう人がいる。だが、男の場合は違っていた。彼には、バブルの尻尾が残っていた時代に立ち上げた事業の失敗で二億円の借金があり、その返済の手段をして選んだのが作家で身をたてることだった。

 こういうホンモノの作家は少なからず、いる。

 さて、本文の冒頭をここにタイピングしようか、迷っている。
原稿用紙五十枚の作品「蒼龍」。
ぼくはぜひ、皆さんに、やはり作品を手に取って読んでもらいたい。
山本一力氏の意気込み、物語ににじむ迫力ってありゃしないんだからっ!

 活字で。ほんのちょっとだけよ。

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