【小説】いかれた僕のベイビー #24
「急に“もう会うのやめる”、なんて言うから最後だと思って、ダメもとで連絡してみて良かった。……何があった知らないけど、別に知りたくもないけど、何も考えなくていいから、いっぱい気持ち良くしてね、フジくん」
ホテルの部屋に入るなりお互い服を脱ぎ捨て抱き合ってキスをして、そのままベッドへ。
「……今日ね、また約束破られたの、……だから、……はぁ、………フジくん、来てくれて、良かったぁ、……んっ……え?待って、まだ………、あぁっ!」
手早くゴムを付けてすぐ、唐突に貫かれた快感に彼女は身体の仰け反らせる。
「……はぁ、はぁ、……珍しいね、すぐ入れてくるの。そんなに、したかったの?」
彼女の問い掛けに何も答えず、無言でただひたすら腰を打ち付ける。
「あ、あぁ!……、いいよ、好きにして、……もっと、……んっ……あ、んっ……!」
身体を密着させ舌の絡まり合うキスをしてから胸の先端を弄るとさらに甘い声を出し身を捩り自ら両足を持って大きく広げオレを最奥までいざなおうとする。
他の方法を、なんて自分で言った直後に結局こんな事してて、改めて自分の意志の弱さといい加減さを思い知る。
しかも、身勝手で自分が気持ち良くなりたいだけの最低なセックス。
なのに、何も感じないし、何をしても満たされる事はなくて、逆に心がどんどん乾いていく。
この、引き裂かれそうな胸の痛みには、覚えがある。
初めて見せてくれた笑顔、縋るような目、怯えた表情、震える声、振り払われた手、泣きそうな顔、オレから離れて行く心と体。
もう思い出したくない。
もう、あの頃の自分には戻りたくない。
なのに、また頭が勝手に考えてしまう。
誰も気付かないような些細な表情の変化にだってとっくに気付けるようになっていたんだ、オレだけが。
ずっと、見ていたから。
だから、本当はもうとっくにわかっていた。
だけどずっと、気付かないふりをしていた。
あの時、縋るような目で、オレに何を言おうとしたの?
どうしてオレはあの手を離してしまったんだろう。
キミは今頃、あの男に抱かれているのに。
こんな形で思い知らされるなんて。
「……はぁ、あぁっ、ん………、フジくん、……もうダメぇ……」
もうこれ以上、誤魔化せない。
オレは、潮音ちゃんが、好きだ……。
さっきから、インターフォンとスマホが鳴り続けているような……。
目を覚ますと、オレは自宅のソファで寝ていた。
あれ?オレいつ帰って来た?
確か、一人で酒を飲んでいるところにかかってきた電話の相手とホテルに行って、……あぁ、ヤルだけヤッて、帰ってから眠れずにまた一人で浴びるように酒を飲んで、そのまま寝ていたのか……。
つけっぱなしだった部屋の照明が眩しくてまた目を閉じると、インターフォンが鳴った。
あれ、気のせいじゃなかったのか。
鉛のように重たい身体をなんとか起こして訪ねて来た相手を確認しようとすると今度はスマホが鳴る。
なんだよ、こんな時に。
ひとまずスマホは後回しにする。
インターフォンのモニターに映っていたのは、誰かに電話をかけている最中の杉浦だった。
「なんだ、電話も全部おまえだったのかよ」
「……おまえなぁ、なんだじゃねーよ。……しかも酒臭えし」
部屋に入ってきた杉浦が心底呆れた顔でそう言う。
「なにが?」
「……おまえ、覚えてねーの?おまえが死にそうな声で“助けて”って電話してきたんだろ」
「……マジで?……ごめん、全然覚えてない」
杉浦に電話した事は本当に覚えていない、けど、トイレで何度も吐いて死にそうになっていた事は何となく、覚えている。
「大丈夫なら別にいいけどさぁ、……こっちは慌てて家飛び出してきたのに」
杉浦が盛大なため息をつく。
「いや、ほんとゴメン。……もしかして、オレお邪魔した?」
「……あー、まぁ、……別にそこは気にしなくていいよ」
自分で聞いといてなんだけど、そこは嘘でも付いてほしかったかも。
「……けど、何かあったのは本当だろ?……何があったんだよ」
何気なくスマホの通話履歴を見ると、オレが本当に電話をかけていたらしい時間からまだ二十分も経っていない。杉浦の家からオレの家までタクシーで確かちょうどそれくらいの時間だ。
本当に心配してすぐに駆けつけてきてくれたんだな。
そんな杉浦の優しさを前に、ついさっきまでの自分を思い出すと、情けなさ過ぎてやるせなくなる。
だけど、杉浦はオレがそんなやつだって、とっくに知っている。その上でまだオレを心配してくれて、見捨てないでいてくれて、……杉浦だけじゃない、アミちゃんも玉田も川西さんも、それから、……きっと、潮音ちゃんも、こんなオレを理解しようとして、側にいてくれる。
逃げてばかりいてはどうにもならない、まずはちゃんと自分自身と向き合わないと……。
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