【小説】ヒア・カムズ・ザ・サン#3
「おまえさ、まさか本気じゃないだろうな…」
店を出てすぐ、少し後ろを歩いていた湊がオレにそう言った。
「…何の事?」
何となく、湊が言いたい事は理解していたがあえて気付いていないフリをする。
「…さっきの、あの店の女の人、…好きなの?」
やっぱ、そうくるよな。
「理香子さん?あるわけないじゃん、あの人結婚してるのおまえも知ってるだろ」
「…相手がいるってわかってても、おまえは止まれないタチだろ」
「…………」
「確かに、年上で落ち着いてて美人で、おまえと音楽の趣味も合う、…さっきの選曲がずるいにはちょっと笑ったけど、まぁ、あの見た目も含めておまえの好みど真ん中のタイプだろうな。けど前とはわけが違う。今回は絶対止めとけ。ただでさえオレらは、今大事な時なんだから。だけど、おまえの今日の歌は、良かったよ…。けどそれとこれとは別だからな」
そう言うと湊はオレを追い越してすぐ近くの駅へと向かう。
「…わかってるよ」
湊に聞こえるか聞こえないかわからない程の声でそう呟いてオレは湊の後を追った。
確かに阿部さんに初めてあの店に連れて行ってもらった時、一目見て理香子さんに心を奪われた。けど、それは理香子さんの見た目や立ち振る舞いや話し方、ビールの注ぎ方、店で流しているレコードの選曲、…ビートルズが好きなところ、少しだけ寂しそうに笑うところ…、どれをとっても、あの人を思い出してしまうからで、決して理香子さんがどうって言うのでは、無い…。
…オレはまだ、あの人の事が…。
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