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【小説】ヒア・カムズ・ザ・サン#14

 その後も、浅野さんは相変わらずだった。大学内で見かける度に声を掛けられる。

「リカ、デートしよー」
「しません」
「じゃサークル入って」
「入りません」

 リナと2人、学食でランチをしている間もお構いなしに絡んでくる。正面に座っているリナはまた私と浅野さんのやりとりを楽しそうに眺めていた。

「だいたい浅野さん彼女いるんでしょ、何で私に絡むんですか…」
「……別れたら付き合ってくれんの?」
「……サークル入るくらいは考えてもいいです」

 私の言葉にリナが目を丸くしている。

「…あっそ、わかったよ」

 そう言って浅野さんは立ち上がり何処かへ行ってしまった。

「リカ、いいの?あんな事言っちゃって…」
「大丈夫でしょ。あれくらいで本当に別れるならとっくに別れてるでしょ」
「…なら、いいけど」

 彼女がいるのに口説いてくる時点でやっぱり信用ないし、浅野さんが本気だとはとても思えない…。

 浅野さんが立ち去った後ようやく落ち着いてゆっくりリナと学食ランチを食べ終えて、少し眠たい午後の講義も終わった。夕方からリナはバイトなのでそれまでの空いた時間私の買い物に付き合ってくれる約束だ。
 教室を出て歩いていると前方から聞き馴染みのある声が聞こえてくる。

「おまえどうしたのそのツラ、腫れてね?」
「平手打ち喰らったらしいよ」 
「誰に?」
「うるせぇな、何でもいいだろ」
「あ、浅野、リカちゃん」

 原田さんと、確か原田さんのバンドのドラムの人と、浅野さん。原田さんが私に気付いて手を振ってくれる。浅野さんはゆっくりと振り向いた。

「…だから言ったのに」

 リナが私にだけ聞こえる声で呟いた。
 浅野さんがこっちへ来る。よく見ると確かに左頬が少し赤くなって腫れている。

「別れて来たけど?」

 本気で?あの後すぐに別れ話しに行ったっていうの?

「付き合ってくれんの?」

 …もう、逃げられない。

「……とりあえず、サークルは、入ります…。リナも一緒に」
「……え?」

 リナが固まっている。いや、そうだよね…。

「よし、じゃ今から部室行くぞ」

 勝ち誇った様な顔でそう言うと浅野さんは先に歩き出した。

「え、ちょっと待って、私無理……」
「ごめんリナ、とりあえず一緒に来て」

 リナの手を引っ張って浅野さんについて行く。
 …後で何でも言う事聞くから私を見捨てないで。

 どこまでも優しいリナは文句を言いながらも結局私の為に渋々一緒にサークルに入ってくれた。とはいえ学業とアルバイト優先のスタンスは崩さないというのがリナの入部の条件だったので、私はそれに倣う型で初めのうちはリナと共にサークルに参加出来る時にだけ参加していた。…けれど時間が経つに連れ、意外にも夢中になって行ったのはリナの方だった。


「…何これ」

 先週リナのアパートに来た時には無かったはずの見慣れない物がある。…これは、レコード?

「レコードプレイヤー、この前衝動買いしちゃった」

 レコードって、今でも聴けるんだ…。

「前から欲しいなとは思ってたんだけど、場所も取るし管理も大変だし迷ってて、とりあえず見てみようと覗いた中古レコード屋さんに、買うなら一枚目はコレって決めてたレコードがちょうどあったから、もう買っちゃえって、勢いで…。だから今かなり節約中」

 少し照れくさそうにしているけど、リナはすごく嬉しそうだった。

「へぇ、レコードって聴いたことないな」
「聴いてみる?」
「うん…」

 リナがとても丁寧にレコードをプレイヤーにセットすると、ノイズと共に音楽が流れ始めた。

「これも、ビートルズ?」
「うん、ビートルズの『リボルバー』っていうアルバム」

 不思議な感じ。音の綺麗さで言うと絶対CDの方が綺麗で聴きやすいのに、音に温かみがあるというか、上手く表現出来ないけど、…何となく、好きだな。
 ノイズ混じりの音が妙に生々しく感じるせいか、何故か浅野さんのライブを初めて観た日の事を思い出した。あ、ビートルズだからかな、多分曲は違う曲だったと思うけど…。

 その日からリナの部屋に来る度に少しずつ増えていくレコードをリナと一緒に聴き、リナに教えて貰い私も少しずつ音楽に詳しくなってきて、リナと夜な夜な音楽の話をするのが楽しくなってきた。 


 短い秋が早足で通り過ぎ、キャンパス内もすっかり冬の匂いがし始めた頃には私もリナもサークルの部室の雰囲気に慣れてきて、授業と授業の合間の時間潰しに遊びに行く事も多くなった。

「え、リカってリカコなんだ、リカだけだと思ってた。苗字が田村なのは知ってたけど、浅野知ってた?」

 原田さんが浅野さんの方を見ながら言う。 

「当たり前だろおまえアホか」

 手に持っているギター雑誌から目を離す事なく浅野さんは吐き捨てるように言い返した。
 本名の「田村理香子」ではなくて「リカ」と呼ばれるのは今に始まった事ではないので私は全く気にしていない。何なら「理香子」と名付けた両親でさえ「リカ」と呼ぶ。

「リカだと思ってたってよく言われます。あとリナも、いつも驚かれるよね」
「それはリカのせいだと私は思ってるよ」

 リナが笑いながらそう言う。

「え、どゆこと?リナもリナじゃないの?」
「リナは本当はエリナです。森英理奈」

 リナの代わりに私が答える。

「そうなの?」
「私がリカだから勝手にリナって呼んでたらクラスの人とかもみんなリナだと思ってて、たまにフルネームで呼ばれるとみんな気付かない時あるよね」

 入学当時、自分と似た雰囲気を醸し出していたリナを見て直感でこの子と仲良くなりたいと思い声を掛けて、名前に同じ「理」の字が使われている事を知ってさらに運命を感じて「リナ」と呼ぶようにした。以来ずっと一緒に行動していて何なら服装や化粧の仕方まで似てきて、本気で双子だと思われていたなんて事もあるくらいだ。

「へぇ エリナなんだ。頭に一文字付くだけで雰囲気変わるね。知ってた?浅野」

 また原田さんは浅野さんに尋ねる。

「…名前なんて何だっていいだろ」

 あまり興味の無い話題だったのか浅野さんは手に持っていた雑誌を放り投げるとタバコに火を付けて鼻歌を歌いながら立ち上がり部室の外へ出て行った。その後姿をリナは驚いた様な表情で見つめている。

「…リナ、どうしたの?」
「…あ、ううん、何でもない」

 振り向いたリナの顔はどこか嬉しそうだった。

 次の授業に向かうためリナと教室を目指して歩いている間、さっきの浅野さんを見つめるリナの表情がどうにも気になり尋ねてみるとリナはすぐに答えてくれた。

「さっき浅野さんが歌ってた鼻歌、ビートルズの『エリナー・リグビー』って曲でね、お父さんが付けてくれた、私の名前の由来なんだけど、今まで気付いた人さすがにいなくて、でも、浅野さんは気付いてくれたのかなって、ちょっと嬉しかった」

 そうなんだ。ビートルズはリナに教えてもらってちょっとは詳しくなったつもりだったけど、まだまだだな。


 そして、その日から浅野さんはリナの事を「エリナ」と呼ぶようになった…。



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