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ニュースペーパー・スカイ

「今日、ある記事を読んだよ、オー・ボーイ」
                ジョン・レノン

私の知らない多くの物事が空に広がり、
見知らぬ顔が、光景が、私に覆い被さる。
言葉が、「信念」から、
あるいは「疑念」から生まれ、
太陽に焦がされ、雨に濡れ、
その空の彼方に、
ハーパー・リーの魂と共に消えてゆく。
私は知らない、
彼女の物語が何を暗示していたのかを。
マネシツグミの羽ばたきに似た彼女の旋律も、
私の知らない多くの物事のひとつだった。

「出来事(事態/事象)」から成るこの世界は、
途切れることなく「紙面の空」を循環する。
無数の文章で構成されたその空に、
猿人の放り投げた骨が、輪を描いて浮いている。
私は知らない、
不確かな情報が立ち込める孤独な飛行において、
リンドバーグはいかに自身の翼を信じえたのかを。
そしてT・E・ロレンスが砂漠で探した泉は、
私の知らない多くの物事に隠されている。

私は知らない、
彼女が今何をしているのかを。
読んでるのか、書いてるのか、寝てるだけか?
私は知らない、
彼女が何と暮らしているのかを。
虎とか、犬とか、それとも羊とか?
詩人になるという人類の夢は消えてしまった。
誰もウイリアム・バロウズにはなれない。
21世紀のジョイスも、22世紀のシェイクスピアも、
私の知らない多くの物事に消えてしまった。

私は知らない、
「最良の物」がどこにあるのかを。
ハリウッドにか、神宮球場にか、
それともシンシン刑務所にか?
兵士の死と引き換えに手にするのだとしたら、
それは若い奥様のネイル以上の物であってほしい。
「『誰が雨を止めるのか』誰も知らない」ーー
そう、CCRがラジオで歌っている。
私は見た、
ロシアのウクライナへの侵略を、
私の知らない多くの物事が起こす戦争を。

私は知らない、
狙撃手がいつ銃を捨てるのかを、
海軍がいつ空母を棄てるのかを。
私にはわからない、
家を焼かれた兄弟たちの帰る場所を、
死んだ恋人との口づけのし方を。
私は見た、
蝶々を追いかけるリュー・エアーズを、
100年近く前の映画で。
戦争のイメージは時代を越えても同じだが、
私の知らない多くの物事のひとつのままだ。

私は知らないーー
もしも「信念」が、誰も救わないとしたら?
それが頑なで、人の顔を叩くのだとしたら?
それが過保護で、太陽から身を隠すのだとしたら?
それが難解すぎるのだとしたらーー
私にはわからなくなる、信念の何がいいのかを。
私は見た、
無表情な登場人物がディランの『廃墟の街』で、
暗いイメージを連れて彷徨うのを。
それでも、
私は信念を抱き、生きていかねばならない、
私の知らない多くの物事の中を。

私は聞いた、
どこからか鳴る鐘の音を、
トイレで新聞を読んでいるときに。
私は知らない、
それがどこから鳴るのかをーー
カブールか、ブエノス・アイレスか?
ナイロビか、イスラマバードか?
ローマか、リスボンか?
モスクワか、ベルリンか?
キャンベラか、サラエヴォか?
アムステルダムか、ウランバートルか?
オタワか、キーウか?
マドリードか、ロンドンか?
ニューデリーか、ルアンダか?
ハノイか、ハバナか、バグダッドか?
ジャカルタか、ミンスクか?
テヘランか、エルサレムか?
ダマスカスか、コペンハーゲンか?
ダブリンか、ワシントンかーー
次の記事を読もうと、私がページをめくると、
広い紙面が狭いトイレを覆い、
辺りが暗くなった。
その暗闇は君の目にも覆い被さり、
君の扉をこじ開けてくるだろう。
「新聞紙の空」を君は見上げるはずだ。
それは、君の知らない多くの物事を伝える。

真っ白なページで暇を持て余すことがあっても、
人生は「関心」に満ちているに違いない。
私は考える、
「無関心」は死に近い状態だと。
だから君の知性をカゴに閉じ込めるな。
私は知っている、
関心が君の「マネシツグミ」を羽ばたかせると、
そしてどこに行こうと、君は私に会うことを。
なぜなら、私も同じ空の下に立っているから、
私たちの知らない多くの物事に囲まれて。

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