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歳を取るのをやめた男

ドライアイスの煙るベッドの上で、
彼は天国へのチケットを破り、
暖炉に放り込む。
人々はモラルに繋がれた飼い犬のよう、
毎日愛を求め、
口論を続けていた。
彼は少々疲れたが、
今はもう大丈夫。
煙草に火をつけ、宇宙に向けて戸を開ける。

ギターを抱え、バスに乗り込み、
彼はバンドを連れ、水星から海王星まで、
演奏の旅に出る。
家族はそのツアーに反対したが、
彼の音色の純粋さに
押し切られたのだった。
彼は何億光年も続くツアーに旅立った。
寿命に抵抗し、自ら、お好みの死を選んで。

彼のバンドはみんな厚かましく、
自分の話だけをし、マネージャーの命令など、
一切聞こうとしない。
バスの運転手は誰も知らない道を走る。
なぜならその運転手は殺人のため、
「業」に追われていたのだ。
やっとの思いで、彼は最初の星に辿り着いたが、
それは酷い神経衰弱と闘った後だった。

ステージの袖から客席を覗くと、
そこは地獄から来た山賊連中で、
埋め尽くされていた。
演奏を始めると山賊たちは激しく手を叩き、
追い払おうとバンドに向けて
ビール瓶を投げつけた。
唾と罵声とビールの泡が飛び交う中、
彼はここにいることを後悔したのだった。

モーテルに入ると、バンドはケンカを始め、
マネージャーはその夜のギャラを、
冥界の友人のためにピンハネする。
どこからか娼婦のゾンビが紛れ込み、
チキンの食べかすをソファーに残し、
彼らの楽器をすべて盗んでいった。
バンドもツアーも煙草の煙と共に消え去った。
残ったのは歌詞の断片と一本のギターだけ。

彼は誰もいない黄昏の砂浜を歩き、
銀河を見上げ、
家を、家族を想った。
ママは庭でクリスマスローズに水をやり、
パパは鼻を赤くし、
ウイスキーにお湯を注いでいる。
そしてまだ幼い弟は新しいポエムを創作中。
ボブ・ディランと忌野清志郎が彼のアイドル。

自由とは、いずれは醒めるロマンス。
何から何まで思い通りの人生など
存在しえない。
それでも彼は歌を歌い続けた。
彼は野心家であり、
夢見ることに長けている。
彼は月に腰を下ろし、ギターを爪弾いた。
そして暖炉の中で、彼のベッドが燃えていった。

彼の歌を聴いていたひとりの少年が、
彼に、本来いるべき場所へ
案内すると近づいてきた。
少年の白い翼に手で触れると、
彼は自分が共同墓地の前に
立っていることに気がついた。
想いも空しく、彼の旅はそこで終わる。
彼が悲しむとしたら、それは永遠の慟哭だ。

彼は歳を取るのをやめた男ーー
永遠の若さ、
そんなものがあるとしたら、それは、
彼を愛した人々の記憶の中にあるだけだ。

残念だけど。

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