小説感想『夏の王国で目覚めない』彩坂美月(読了:2022/8/7)
作品紹介
彩坂美月の『夏の王国で目覚めない』は2011年に早川書房より出版された作品。文庫版は2018年に出版されいる。ガチガチでないライトなミステリが読みたくなり書店をふらついていたところ、タイトルと表紙のデザインに惹かれて購入した。
本作は主人公がとあるミステリツアーに参加し、役を演じながらシナリオを勧めていくという流れで物語が進む。ミステリツアーの着地点やシナリオ内のトリック、ツアー開催者の正体や目的が本作の謎になる。
読後の感想をネタバレなしで紹介する。
以下はあらすじの引用。
ミステリ小説として
繰り返しになるが、本作では主人公がとあるミステリツアーに参加し、主人公を含むツアー参加者は謎の開催者から指示されるコマンドに従う形で物語が進む。コマンドとは、ツアー参加者の行動やセリフ、全員の行き先や行動時間を指定するもの。ミステリツアーには景品が用意されており、それを獲得するためにはシナリオの謎を解かなくてはならない。ツアーそのものをぶち壊すような言動や、外部との連絡を防ぐためスマホやPCの持ち込みはNGというルールがポイントになる。
このミステリツアーは全部が全部ではないが、完全に隔離されたロケーションではなく日常社会の一端を舞台として実施されている。よって、周囲の人々は日常生活を送っているものの、自分たちはコマンドに従って行動しなくてはならないという閉塞感がある。日常社会を舞台としながら行動や発言、外部との接触に制約を持たせることで、孤島の古ぼけた洋館や吹雪の山荘に登場人物を置くことなくクローズドサークルを描いている。このギャップから生じる奇妙な閉塞感と、そのような舞台で物語がどの方面に進むのか(リアル、シナリオともに)という点が本作のポイントだろう。
多かったレビュー
読後にいくつかレビューを漁っていると、登場人物の言動に違和感を覚えるというものがいくつかあった。伏線ではなく、単に人物と発言が合っていなかったり、妙に芝居がかった発言が気になるといった内容だ。
たしかに途中で気になった部分はあるが、読み終えてみると仕方がないかなと思う。というのも、本作では登場人物の言動がコマンドによるものなのか、それとも本人の意志によるものなのかは、登場人物にも読者にも分からないという点がポイントになるからだ。よって、コマンドによる言動と素の言動があまりにもかけ離れていると、これはどちらによる言動なのか常に疑わなくてはならないという本作の持ち味が損なわれてしまう。このギャップを埋めるために、ある程度リアルの言動も演劇的になってしまうのは作品の性質上許容するしかない。
もう一つ多かったのは、途中で展開が読めてしまったというものだ。これは読み手次第なのでなんとも言えない。ちなみに私は部分的には読めたけど、全部は読めなかったという中途半端な結果となった。
ミステリとジュブナイルのバランス
本作の主軸はミステリだが、主人公の心情の変化や悩みを描いたジュブナイル作品でもある。「ミステリ小説かジュブナイル小説かどちらかに分類しろ」とナンセンスな指示をされたらミステリと答えるが、個人的にはミステリ80%、ジュブナイル20%くらいの印象だ。この手の作品はいい意味でどっちつかず(50%/50%くらい)のことが多いが、これはこれで意外と読みやすく読了感の良いバランスであった。
おわりに
ガチガチでないライトなミステリを読みたいという思いで手に取ったが、見事に希望を満たす作品であった。ライトなミステリ──日常生活の延長にある謎を解くタイプのミステリを読んでいて、もう少しミステリよりの作品を読みたいような人に勧めたい。
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