見出し画像

大雪の日の仔猫

それは、北国でも11月にしては珍しいくらいの、大雪の夜だった。わたしは死のうとして本州を離れ、そこに至った。

その前に2か月ほど離れのプレハブで寝たきりの日々を過ごした。≪誰の役にもたてていない≫≪それどころか害しかない≫本当にそう苦しんだ。こんなに誰の役にもたてないのに、自分が生きていると二酸化炭素は増えていく。わたしに食べられる一日2本のバナナも、もったいなくて可哀想だ。

大雪の中を傘もなく歩いていた。雪用でもない赤い布製のぺったん靴はすっかり濡れて、身体が芯まで冷えた。やっと見つけたコンビニに入ろうとしたとき、わたしはその子を見つけた。灰皿の近くにうずくまった仔猫。この寒さで死んでしまうのではないかと思った。「こんばんは。寒いでしょう。」そうっと近づいたのにも関わらず、その子は少し向こうに離れた。そんなことでさえ泣きたくなった。わたしは薬がぎっしり詰め込んである大きな鞄からパーカーをとりだし地面に置いた。もうわたしには必要ない。わたしのことはどうでもいいから。「置いておくね。よかったら使ってね。」小さな声で仔猫にそう言って、空港で買ったもう食べることもない林檎のお菓子もそこに置いた。

少しの間離れて様子を見ていた。けれどその子はじっとしてそこから動かなかった。パーカーも、林檎のケーキも役にたてなかった。≪ああ、わたしは猫の役にもたてないんだ≫そう思ったら涙が出て、白いマフラーに顔をうずめて声を殺して泣いた。仔猫はそんなわたしを遠くから見ていた。

涙を拭いてコンビニに入った。お手洗いを借りてから、駅までの道を尋ねると、店員さんはとても感じよく対応してくれた。細身で髪の毛のするんとした若い女性だった。仕草や言葉の隅から零れる彼女の優しさに心が温められて、また泣きそうになった。お礼を言って外へ出ると、さっきの場所に仔猫がいない。すぐ横を見たら、丸くなってそこにいた。わたしのさしだしたパーカーの上に。≪ああ!≫今度こそ声を抑えきれず泣いた。≪ありがとう≫≪ありがとう≫ぐしゃぐしゃに泣きながら頭を下げるわたしを、猫はまたじっと見ていた。

このことにわたしは救われた。もちろん仔猫だけでなく、店員さんにも、おまわりさんにも、現地の病院の皆さんにも。それから地元の皆や子どもたちや父や母、祖父にも。奇跡のような出逢いがあって、ドラマみたいなことが続いて……わたしの命は今日まで繋がってきた。いまにも途切れそうな場面もぎりぎりすり抜けながら通ってきて、最近は数年ぶりに安定している。

あの子は寒さに耐えられたかな。

忘れられない出来事、忘れたくても忘れることのできない出来事の片隅に、あの子は雪の中うずくまっている。

2020.4.10

Be with you

小絵

よろしければサポートお願いします。 いただいたサポートは、ひらめき探しに使わせていただきます。