二人だけの部屋
登場人物
聖良(せいら):16歳。主人公。大きな病院に小学校を卒業してから入院している。
美星(みほし):15歳。聖良の友達。音楽が好き。
窓の向こうにある木には、昨日降った雪が積もっていた。朝日に照らされるその枝先は雪に光が反射して、キラキラとイルミネーションのように輝いている。
今日は、クリスマスイブだ。窓から見える人々はどことなく浮ついているようにも見える。
でも、私からしてみればなんてことのない、普通の日だ。別にそれは私が無宗教だからとか、そういうわけじゃなくて、本当に、何も思わない。
私は中学に上がる前にがんが見つかり、ずっと入院している。一時的に退院したことも何度かあったが、それでも結局は病状が悪くなって入院してしまう。
最初にがんが見つかったと聞いたときは、「私、死ぬの?」と恐怖に陥ったが今はもう何も思わない。たとえ死神が私を今迎えに来たとしてもああそうですか、と適当な返事をすることができる気がする。もう自分は何をしても、結局はほかのみんなみたいに長く生きられないことはわかってきたのだ。もう今更生に執着していてもな、と思うことが多かった。
2ヶ月くらい前だろうか、小学校の同級生だった美星にLINEをしたのは。もうほとんど誰とも連絡を取らなかったどころかアプリを開くことすらしていなかった。何を思ったのか自分でもわからないけど、久しぶりにLINEを開いたらトーク履歴の一番上に美星がいたのだ。
私は割とクラスでは目立つ方だった。それなりにみんなとは話していたし、だいたいはっちゃけていた記憶がある。それに対して美星は静かに本を読んでいるような子で、言い方は良くないのだろうが浮いている部類に入っていた。でも、芯が強くて、優しくてかわいい子だった。そんな美星が本当に私は大好きで、いつも一緒にいた。周りになんて言われようが関係なかった。
なんだか懐かしくなって、私は美星にLINEすると、すぐに返信が来て、また前のように話すようになった。そして、昨日「明日なんかある?」と突然聞かれた。てっきり遊んでくれるのかと思い、「なんもないよ?」と期待しながら答えると、「OK」だけで終わった。何もないのかい、と突っ込みたかったがどこかで寂しい気持ちが心に漂っていた。
私はカーテンを閉めて、ふう、と一息つく。寂しいけど、一人なのはもうなれた。両親は仕事でなかなか見舞いに来れないし、兄妹もいない。友達も私にはほぼいないし・・・。
いつものように食事をし、いつものように本を読み、いつものようにテレビを眺め、いつものように薬を飲む。なんてことない、いつもの日。でも、周りと自分が隔絶されているようでどこか寂しい。去年までそう思わなかったのに、なぜか今年は寂しくて涙がこぼれそうになる。
美星、今頃何をしているんだろう。
何を考えているんだろう。
誰かといるのだろうか。クリスマスイブという特別な日だ、それは当然だと思う。
でも、私も、そんな大切な人と過ごすクリスマスイブを楽しみたかった。テレビでやっていたクリスマス特集のように、みんなでクリスマスパーティーを開きたかった。それがこんな病気のために叶えられないなんて。なぜ自分だけこんな目に遭わなきゃいけないんだ。そんなこと考えたって仕方がないのに、どんどん自分の思考がそっちに行ってしまう。
もう全部嫌だ。もう何もかも投げ出したい。そう思って泣き出した、そのときだった。
急に病室のドアが開いた。驚いて顔を上げると、寒さで頬を赤くした、背が少し小さくてきれいな髪に少し雪が乗っている少女が。
あの頃と何も変わっていない。美星がいた。
「み、美星?」
私が思わず彼女の名前を呼ぶと、
「聖良ちゃん!会いたかった!!」
と、私に抱きついてきた。訳がわからなくて、
「えっ?えっ?えっ?な、なんでここに??」
「あははっ!驚いたでしょ!?サプライズしたかったの!」
美星は私から離れると、にこっと笑って、
「久しぶり!聖良ちゃん!」
あの頃よりいくらか明るくなって、楽しそうで、目頭が熱くなる。
「せ、聖良ちゃん?!」
「い、いや・・・なんか、美星こんなだったっけな・・・って思って」
「ふふふ。私にもいろいろあったの!ね、いっぱい話したいことあるの!」
そうして美星は私にいろんなことを話した。中学の時に嫌な子にもあったけど最高の友達に出会ったこと。そしてその最高の友達と高校が一緒なこと。ネットでも沢山友達ができたこと。
そして一番驚いたのが、
「私ね、歌ってみたとか動画上げてるんだよ!」
「え?どういうこと?YouTubeとか?」
「そう!これ!」
そう言って彼女は私に自分のYouTubeチャンネルを見せた。それなりに再生回数が伸びているし、チャンネル登録者も割といる。
「すごっ。もはやプロじゃん。美星音楽好きだったもんね」
「うん。私ね、将来はシンガーソングライターになりたいの!」
楽しそうに自分の夢を話す美星が、本当に眩しかった。そして、その夢を叶えるそのときに私は果たして生きているのだろうか・・・・・・。
「聖良ちゃん?」
美星の声にハッとする。いけない、今は自分の命とかそんなこと考えたくない。
「あ、ごめん。何でもない」
聖良ちゃんは少し心配そう私を見て、
「聖良ちゃん、ずっと入院してるんでしょ?大丈夫なの?」
しばらくそんな話をしてこなかったけど、心のどこかで心配してくれていたのだろう。現状本当に大丈夫じゃなかったら今こうして話してもいられないだろうから、大丈夫ではある。一応。
「大丈夫だよ。入院はたまたま長くなってるだけ」
病気自体を彼女に伝える勇気はなかった。怖かった。いや、今までだったら普通に話していたしたぶんもうすぐ死ぬんだよね、くらいまでは言っていたと思うけど、今彼女を目の前にしてそれを言うのはとてもできなかった。
「たまたま長くなるって、そんなことあるの?」
「あるんだよねそれが。まあいつかは退院するよ」
「ほんと?じゃあそのときは私が迎えに行くから!」
そう楽しそうに笑う彼女は本当にかわいくて、あの頃とは違う愛おしさがこみ上げてきた気がした。
またしばらく話していると、「あ、そうだ!」と鞄から何かを取り出し、
「電気今暗くしてもいい?」
「え?う、うん」
私が返事をするよりも早く、美星は電気を消した。そして、そっと何かに明かりを灯した。
クリスマスツリーの形をしたランプシェードのようだ。ステンドグラスになっているようで色とりどりの光がキラキラと輝いている。
「わあ、これどうしたの?」
「ここに来る前に雑貨屋さんで買ったの!めちゃくちゃかわいくない?」
「うん。すごく、きれい」
心から思った。こんなにきれいな光を見たのはいつぶりだろう。思えばいつも私は無機質な電気しか見ていなかった気がする。見ていたとしても、たぶん自分の中では何も残っていなかったような、そんな陳腐なものだったのだろう。それでも、このランプはもの凄く特別で、暖かかった。
「暖かいね」
美星も同じことを思ったのだろう。そういった。私はうん、と頷くことしかできなかった。
この瞬間を止めて永遠を過ごしたかった。ずっと、彼女とこの光を眺めていたかった。自分の境遇とか全部捨てて、こうやって寄り添って照らされたかった。
「また、遊びに来てくれる?」
思うよりも早く私がそう言うと、
「もちろんだよ」
優しい声で美星は言った。その声が美しく儚くて、涙がまたこぼれた。
こんな無機質な病室も、こうやって過ごせばすごく特別で、暖かかった。
たとえ自分が今ここで死んでしまっても、この瞬間が永遠に収まるとしたらそれでいいと思った。
「美星」
「うん?」
「好き」
無意識のうちにそう言っていた。美星は、しばらく黙っていたが、
「私も」
とだけ言った。その横顔を見たとき、少しだけ赤くなっていたのはランプシェードのせいではないはずだ。
この特別な日に、この無機質な部屋で。あなたと過ごしたこの時間は永遠だ。今まで薄情だと何度も呪った神様が私に与えた、本当の幸福。
私はそっと、彼女の手を握った。握り返してきた彼女の手は、少しだけ冷たかった。
了
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