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全米五輪選考会:Uberを待っていたら、よっぱらいのおっちゃんに絡まれた

Day 9: 米国陸上オリンピック選考会

 オレゴン州ユージーンは一年を通して、温暖な気候で有名だ。雨は多いけれど、雪はほとんど降らないし、夏も涼しい。それなのにオリンピック選考会の間、ずっと暑い。ずっと。ずっと!(しつこい)

 雨と寒さ対策など無駄だった。そもそも天気予報を確認したのに、暑さ対策をしなかったのだろう。コロナで引きこもりすぎて、勘が鈍ったのだろうか。そうだ、コロナのせいだ。何もかもコロナのせいにしよう。

 晴雨兼用の傘は大活躍し、みんなに「You are smart(いい考えだ!)」と褒められたけれど、雨対策で持参したことは内緒。今日は35度くらいまで上がるので、もうジーンズではどうにもならない。仕方ないのでショートパンツとタンクトップを買いに行った。

<閑話休題>

 気温と同じくらい9日目も熱かった。

 男子110mハードル準決勝でドーハ世界陸上金メダルのグラント・ホロウェイが爆走。なぜか、もう1本あるのに最後まで走りきって叩き出したタイムは12秒81。世界記録に0秒01に迫る超好記録。暑さでグラントは決勝と勘違いしたんじゃないか疑惑まで出た。
  
 それからも怒涛の記録ラッシュで、男子400mハードルでベンジャミンが46秒83の世界歴代2位、女子200mはギャビー・トーマスが21秒61の世界歴代2位(世界記録はジョイナー)、男子200m準決勝は17歳のエリヨン・ナイトンがボルトの持つ世界ジュニア記録を破る19秒88を出した。ナイトンはゴールするとそのまま通路まで走り去って、そして消えた。すべてが破天荒な選手だ。

 仕事を終えて、唯一開いていたSubwayでサンドイッチを買い、Uberを待っていたら、ほろ酔いのおじさん2人に話しかけられた。ビールを買いにスーパーに行ったのにもう閉まっていて残念だ。ねーちゃん、大きなリュックを背負っているけど、ビールは入ってないのかい、と聞かれた。

 今日は気分がいいからもうちょっと飲みたいんだよ、ねーちゃんも今日はトライアル見に行ったのかい、と話し続けた。スポーツライターだと答えたら、俺にもインタビューしてよと言う。連れの男性が困ってるからやめなよ、とたしなめる。めんどくさい酔っ払いだと思いながら、「どのレースが一番よかった?」と質問したら、待ってましたとばかりに話し始めた。

「確かに今日はいいレースが多かった。ライ・ベンジャミン。あいつのレースはすごかった。もうちょっとで世界新だったんだぞ。すごかったな」
 
 まぁ、そうだよね、世界新まで5cmくらいだったもんね、と思って聞き流していたら、こう続けた。

「でもな、俺の1番はベンジャミンじゃないんだ。ベンジャミンには悪いけど、俺は3番に入った選手なんだ」
 
 3番。3番?誰?

「俺たちは日差しがガンガン当たるバックストレートに座ってたんだ。暑くて暑くてたまらなかった。400mHの選手がウィニングランしてきた時に、一人の女性がダッシュで階段を駆け下りてきて、号泣しながら3番の選手にハグしたんだ。その選手も泣いてて、俺も泣いちまったよ」

 よく見ると目が赤くなっている。

「俺は高校でも大学の陸上部でも普通の選手で、オリンピック選考会に出るような選手じゃなかった。でも彼らがどんな思いで競技をしているかは分かる。想像できる。家族の気持ちも分かる。母ちゃんが泣いてたら、そりゃもらい泣きするだろ。もう号泣だよ。それが今日の俺の1番の思い出だ」

 ポートランド在住のデイビッド・フランクさん。素敵な話をありがとうございます。面倒くさいと思ってごめんなさい(笑)
  
 選手、家族に物語があるように、観客一人一人にもストーリーがある。そのストーリーが時に共鳴し、新しいストーリーを紡ぎ上げていくのだと思う。
 

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