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“生きやすさ”をください

「30年後あったらいいな」

と考えて思い浮かんだものは、

「リモートワークのみの会社・仕事」「フリーランスの退職金」「全自動お掃除ロボット」「家の中にある物を把握できる何か」「不老不死の薬」「世界平和」…。リアルなようで、割と非現実的だ。

リモートワークのみの会社・仕事

私は今現在リモートワークのみで仕事をしている。リモート=遠隔、つまりは会社に出社せず、家とかカフェとかシェアオフィスのスペースや、自由な場所で仕事をすること。私は家のみなので、簡単に言えば在宅ワーカー。

私が今仕事をしている相手は、仕事上で必要な情報は知っているけど、私の顔も知らない。たぶん街ですれ違ってもわからない。

顔も知らない相手にお金が発生する仕事をしているなんてと、信じられない人もいるだろう。それでも、信頼してもらって、仕事をさせてもらっている。納税できるほどには、きちんと収入もある。


突然だが、私は学校を3つ辞めている。高校と、予備校と、専門学校と。予備のはずの学校まで辞めているとなると、あと何をしたらいいのか。全部不登校になった。原因は病気やいじめではない。私が個人的に“ダメ”になるだけだ。

外に出ると、いろんな情報が私の中に入ってくる。視覚的なこと、会話、勉強しなければいけないこと。世の中に生きている人は、当たり前のようにそれをさばくけれど、私はどうやらあまりうまくないらしい。

それでも友達がいて遊んだり仲良くなったり、関係を築けてもいる。しかし、人間関係リセット癖で、連絡を取り合える友達は本当にいない。片手で数えられるほどしかいない。

外に使うためのエネルギーが人より多いのか、はたまたエネルギーの備蓄量が少ないのか、一人になってエネルギーを蓄えるのに異常なほど時間がかかる。エネルギーがいつか足りなくなって、外に出ることすらできなくなってしまう。結果、不登校だ。


外へ行くという私にとってエネルギーがかかることをなくし、省エネにして人並みに働けるようになるために、リモートワークという在宅仕事はとてもありがたい。

学校もろくに行けてない。社会人経験もない。友達もいない。その情報だけ見れば、信頼される人間とは思えない。私の主観から見ても、働くことが全く得意ではない。そんな私のような人間でも、リモートワークで働くことはできている。

同じように外出るのが怖い人だったり、コミュニケーションを取る苦手さや、外に出ることが困難な人(身体的な事情や外の視覚的聴覚的刺激がつらい)にとっても、リモートワークは働ける場になるかもしれない。そうすれば働きたくても働けない人の救いになることだってあるのかもしれない。

もちろんリモートワークには仕事をする側にも、依頼する側にも課題はある。最初はリモートワーク課題について書こうとしたがやめた。

ビジネスに関して素人の私が語れるものではないと思い、専門的な分野について語れない。あくまで「リモートワークをしている人」の話だ。ビジネスの話をしているわけではなく、社会の話をしている。

リモートワークの良し悪しを語りたいわけではない。みんな同じではない、働き方があってもいいのではないか、という私の経験を交えた提案だ。


ライターという仕事としては、岐路に立っている。リモートのみだと限界があるので、外へ出る勇気を持って、もっと別の経験を積みたいとも思っている。

一方で、いろんな人にとっての「働き方改革」として、リモートワークの普及があってもいいんじゃないかとも思う。そしたら、今「働けない」人も、「働ける」方法が見つかるかもしれない。個人にとっても、社会の生産性という意味でも、良いことはきっとあるんじゃないかな。

「フリーランスの退職金」

私はフリーランスだ。だいたいフリーランスというと、会社員として会社や企業で社会人経験を積み、技術を培い、人脈を作ってから、独立する形が多いように思う。フリーランスになった理由はさまざまだろうが、経緯としてはそういうケースが多いのではないか。

ただ、私は違う。先述した通り、学校を3つ辞めて、中卒である私はただのフリーランスだ。会社勤めできないから、フリーランスなのだ。“自称”フリーライターみたいなものだ。

フリーランスは働いた分だけその報酬(金銭的な面だけではなくメリットとして)があるが、同じだけリスクも大きい。働いた分だけの結果があるが、働かなければ働かなかった分の結果もある。

だからボーナスはない。有給休暇もない。残業は基本サービス残業だ。仕方ない。フリーランスとはそういうものだから。

となると、リタイアするのは難しい。退職しても退職金は出ないから。いつまでも働かなければならない。そのために働けなくなっても大丈夫なよう、貯金をしておくしかない。


会社としての退職金というよりも、働いて役立てた社会から、退職金があればいいのにな、なんて思ってしまうときもある。退職金とは違うけれど、老後の生活のためにという意味では、国に年金制度があるが。

年金はきちんと払っているけれど、自分に返ってくるとはあまり思っておらず、今必要としている人のために払っている、という意識もある。

今生きられるかどうかも、老後に生きられるかどうかも、自己責任と言われたらそれまでだけど。じゃあ就職すればいいって言われたら終わる話だけど。酸いも甘いもわきまえての仕事だろうってその通りだけど。

難しいけど、あったらいいな、フリーランスの退職金。字余り。

全自動お掃除ロボット

シンプルに掃除が苦手だから、全自動お掃除ロボットが欲しい。ルンバよりも頑張っていただきたい。お風呂もトイレもキッチンも窓も天井も床も壁も隙間も、本当に全部。

掃除って難しい。私はいろんな物事にセンスがあると思っていて、掃除とかもセンスの良い人って、考えるのではくてどんな作業をするかわかっちゃうと思う。もちろん経験もあるけれど。でも、先天的なセンスってある。

私は掃除のセンスが本当にない。いろんなことに関して「センスないな~」と思ってる。努力しない言い訳と言われたらそれまでだが。

家の中にある物を把握できる何か

家にあるはずなのにどこに置いたか忘れた。メガネとか財布とか通帳とか…。ってことがある。そこそこある。先述したように掃除が苦手なので、同様に片付けも苦手で、全然把握できてない。よく家中ひっくり返して探している。

パソコンの中にあるものなら、検索して見つけられるのに。スマホも同様に。家の中は検索できないから、わからない。

何かしらの画像解析とか分析とか使って、家の中にあるものを把握するシステムがあればいいのにな。忘れたらどこにあるか検索できたら便利でしょ?

なくしたとおもったものが出てきた、みたいなエピソードはなくなってしまうけどね。

本当に大事なものをなくしたときは焦る。まあ大事なら保管しろよって話なんだけど。

不老不死の薬

単純に死ぬのが怖い。年々怖くなる。眠るときに目を閉じて、今死んでしまったらどうしようと思う。訃報を聞くと、知ってる人がいなくなってしまって、怖くて動悸どきどき。

死にたくない。無になりたくない。怖い。本当に怖い。

人生の目標は、死への恐怖がなくなるまでは、不老不死。不老不死の薬が欲しい。

バカみたいでしょ。でも、割と本気で思ってる。現実を受け入れられないよ。今すぐ死ぬってわけではないけど、そんなの誰にもわからないもの。

世界平和

急に世界平和。陳腐かな?あざといかな?でも、思うよ。いつまで経っても平和にならない。だって身近にいる友達とか家族とか恋人とも、なにか諍いがあってケンカになるんだもの。

それが大人数になったら、そりゃ戦争にもなるよね。それを利用して自分の得にしようとする人もいるよ。

世界が平和になったらばいい。いろんなこと進化しているんだから、平和が進化として辿り着く答えであってほしい。


いろいろ自分の思いを書いてみた。そして、これって“30年後”ではなく、「“今”、私が欲しいもの」じゃないかと気づく。

待て待て、30年後、私は50代だぞ。今のテンションで「あれほしい」「これほしい」ってのと違うぞ。

それだけ先だったら、きっとあるだろう。期待していいだろう。そう思ってしまうのだろう。50代の私が見たら「こんなこと言ってたんだ」と笑うだろうね。

30年後欲しいものは、今も欲しい。今欲しいものは、30年後欲しいかはわからない。私にとってのそれは、“生きやすさ”だ。生かせてくれる人たちへの感謝と共に、より多くの人にとって、自分にとっての生きやすさが欲しい。

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