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自分の人生を生きれば幸せになれる、かも

この一週間は気分が優れたバーテンダーのシェイク気分だった、フリーライターのaoikaraです。私がカクテルだったら最高においしくなってる。

自分でも驚くほど気持ちがだだ下がりしたり、逆に自分でも驚くほど穏やかになったり、「なぜ」がわからないままに気持ちが激しく上下した。

今は穏やかだけど、ちょっと揺らぎがあって、また下がってしまったら嫌だなと自分をこわがっている。


「なぜ」気持ちが穏やかだったのか、考えてみる。物理的に余裕はなく、心がすり減るような出来事にも触れて、体も心も忙しかったけれど、気持ちは穏やかだった。

とことん、自分自身のために過ごしていたからかもしれない。私がやらなければならないことをやり、物事に触れて私の中でたくさん考えていた。自分の軸があり、自分のペースで動き、都合が合えば別のことも取り入れていた。


その軸が“自分”ではなく“他人”になると、とたんにブレるし、どの方向に向かうかわからないから不安にもなる。

不安を“他人”のせいにしたがる。合っているけど、間違っている。たしかに方向を決めている“他人”のせいなのは合っているけど、他人が思うままに動いているのは当たり前で、そこに乗っかって「不安だ」と責めるのは間違っている。


誰かと生きる世界は素敵だけど、私の人生があって、誰かの人生があって、重なり合う部分があればいいよねという意味で。私の人生を、あなたの人生に捧げる、のは違う。あなたの人生を私にちょうどい、のも違う。

私は私のままに生きるしかないし、それを忘れちゃいけない。ちゃんと自分の軸を持たないと、すぐに不安になってしまうよね、という反省。

だから不安になったときは、「自分のことをしよう」と自分に呼びかけてみる。自分のこと、山ほどあるはず。誰かのために、相手のために、だけど自分のためにも忘れずに。


TOKIOの楽曲『宙船』の歌詞のように

おまえのオールをまかせるな

だね。今回書いているのと、少し意味は違うけど。私の手で漕いでいかないとね。自分が望む方向へ、自分の力で進めていこ。

2021年4月18日(日)

No.847

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