【連載小説】子どもたちの眠る森EP.8

(ep.8  足を探すゲーム。そして、変わっていく)


誘拐情報 :
昨日15時ごろ 
セラタ第3地区に住むブリッグくん

その記事は思っていたよりも早く出た。僕と同い年くらいの、赤いシャツがよく似合う男の子だった。

新聞に載る誘拐事件の記事は、年々小さくなっていった。事件が起きた当初は、見開きの4分の1を占めていたのが、5年が経った今では、端っこに誘拐日時と被害者の名前が載るだけになった。その代わりに、新しくできる商店の広告がでかでかと載っている。国民の関心が、それほど薄れたということなのだろうか。警察に対し捜索調査の開示を求め人々は行動を起こしていたのに、今となってはただ嘆くだけである。セラタ地区の人間も、あの頃とはひどく変わってしまった。いや、もう心が麻痺してしまったのかもしれない。犯罪にまで慣れてしまうなんて、本当にどうかしていると思う。

ルーナは僕に「一緒に足を見つけよう」と提案してきた。お金を手に入れて、セラタ地区から抜け出せばいいんだと言った。
夢のような、と言うと大袈裟かもしれないけれど、とにかく僕の頭にはまず浮かばない発想だった。"足を探すゲーム"をしている商人がセラタ地区でなんと呼ばれているか知っているからだ。しかし、そう呼ばれて当然だと思う。セラタ地区の子どもが誘拐され殺されたのに、その足を見つけて大金を手に入れようなんて、言葉を選ばずに言えばイカれていると思う。

でもルーナは、知っていても、それでも足を探そうよと言ったかもしれない。
ルーナの頭の上にはよくライトが光る。絵本で見たことがある、何かを思いついた時にパッと頭上に光るあれである。自らが世界を変えいくことを恐れないし、あんな風に自由に発言できるのは、南でのびのびと、全てを肯定されて生きているからだと思う。
そして僕は、そんなルーナに憧れている。あの時ルーナに言われて、本当に叶うのかもしれないと一瞬思った。南で暮らすなんて考えたこともなかったけれど、それはまるで、真っ暗だった世界にマッチの小さな光がポッと突然現れたような、希望の光に見えた。僕にとってルーナはまさに、暗闇を照らしてくれる月のような存在なのだ。

僕は3日後、ルーナに会えるのを楽しみに、記事をよく確認し、新聞を閉じた。その時、表紙に見覚えのある顔が載っていた。髭面の太った男だった。

「この人‥‥」
「ソーレ、知ってる人?」
「あ、いや、どこかで見たことあるなって思っただけ」
「セラタ第1地区の人だって。可哀想に‥‥」

そうだこの人は、僕とノエミが初めて中央の森へ行った時に声をかけてきたおじさんだ。記事には、"ブルールーチェを見た男、何者かに刺され死亡"と書いてあった。
記事をよく読んでみると、あの時僕たちにした噂話は、この男自身が体験したものだったようだ。

「ブルールーチェ‥‥」
「ん?ブルールーチェって何?」
「あ、いや、なんでもないよ。それよりか寝てないと。体疲れちゃうよ」

僕は母さんをベッドへ案内し、「じゃあ、ノエミたちと水汲み行ってくるから、ちゃんと休んでてね!」と家を出た。

いつもの噴水に行くと、待っていたのはノエミだけだった。
「ノエミ、遅くなってごめんね。ピオはどうしたの?」
「えっと‥‥ピオはちょっと体調が悪いみたいで、今日は来れないって」
「そっかぁ、大丈夫かな?後でお見舞い行こうかな」
「あ!私が昨日行ったから、大丈夫だと思う」
「そう?」
「うん‥‥」
そう言ったノエミは横を向いて、僕と目を合わせなかった。

記事の掲載から3日後の朝9時。僕は中央の森へ向かった。ルーナは来ているだろうか。今日は何の話をしよう。石畳の上を歩きながらいつも考えるのは、こんな大したことない普通のことだ。
ルーナには悪いけど"足を探すゲーム"なんて本当はどうでもよくて、ルーナと会って、昨日食べたオレンジが美味しかったとか、セラタ地区に新しい商店ができたとか、友達のピオが風邪を引いたとか、そんなたわいもない会話ができれば、それが僕の幸せなんだと思う。

泉に出る前に、かすかに声が聞こえた。

「グラート、今日はどこに植えるの?」
「今日はこの辺りにしましょうか」

ルーナとグラートさんはいつもの苗植えをしていた。

━━━バサッ
「ルーナ!!」

「うわっ!ソーレ!びっくりしたぁ〜」
「へへ。早かったね。今日も朝から苗植え?」
「うん!今日はたっくさん植えなくちゃなんだ」
「そっか!よかったら、僕も手伝うよ!」
「ほんと!?グラート、いい?」
「大丈夫ですよ」
「「やったー!!」」

僕たちは苗と肥料を半分こした。

━━━ ザクッ、ザクッ

「最初にこんくらいの穴を掘って‥固い‥えいっ!!」

━━━バサー

「!!!うわぁ!!最悪だぁー、土がかかったよ。ぺっ、ぺっ」
「ははは。鼻の中にも入ってるよ」
「笑ってないで取ってよぉ!」
「いやだよ汚い」
「えー!ソーレひどいー!」
「僕が泉に落ちた時だって、ルーナは笑ってばっかで助けてくれなかったもん」
「うわ、ソーレって結構根に持つタイプだ。それじゃあ女の子にモテないよ」
「な!別にいいよ!」

穴を掘って、肥料を袋ごと入れ、その上に木の苗をのせた。たくさんあった苗は、2人であっという間に植え終わった。
するとルーナが「そろそろ始めますか」と僕に耳打ちをし、僕は目で了解の合図を送った。

「よぉ〜し!苗も植えきったことだし、じゃあグラート、僕らは幻の虫を捕まえてくる!だからここで待っててね!」
「‥‥承知いたしました。しかし、今度またあのような‥‥」
「はいはい。分かってますよ。すぐに戻るから!じゃあね」

ルーナはそう言うと、僕の手首を掴み、走り出した。

「ソーレ、制限時間は10分だよ!ごめんね、グラートとの約束なんだ。でも10分間はこの森で僕らは自由だ。自由に足を探そう!行くぞ!」

僕の手を引っ張り、前を走るルーナは、輝いて見えた。それから僕たちは、まるでカブトムシを探すかのように、吊るされた足を探した。

「んー。発見者の証言によると、3日後に見つかったという声が多かったのだが、どう思うかねソーレくん」
「‥‥なにその口調」
「なにって、探偵ごっこ」

ルーナは顎に手を置いて、あくまでも真剣なようだった。

「ブハッ、ハッハッハッ」

「ちょっとソーレなんで笑うのさ!ほらちゃんとさがして!」と、ルーナはぷっくり頬っぺたを膨らまし、一方の僕は、この時間が永遠に続けばいいな、なんて考えていた。

すると、ルーナが思い出したように話し出した。

「そうだソーレ、これからの集まる時間と探す場所を決めよう。大切なのは、準備と計画だよ」
「よし!作戦会議だ!」

僕たちは、新聞記事が出た3日後の朝9時に集まることにした。ルーナは学校があるので、3日後が月〜金曜日だった場合は、夕方の4時に集まろうと約束し、その日は解散した。

僕は毎日新聞を確かめながら、誘拐記事が出るのを待った。

「〜♪〜♪」
「ソーレ、なんだか最近楽しそうね。いいことでもあったの?」
「え!いや、何もないよ。それより今日もピオは来ないの?大丈夫なのかな?」
「ピオは大丈夫‥‥だと、思う」
「ノエミ何か知ってるの?」
「ううん!知らない!!でもお見舞いに行ったら元気だったけど、まだ咳が出るみたい!」
「そっかぁ、ピオに会いたいなぁ」
「‥‥」


水曜日、新聞を開くと左端に誘拐事件の記事があった。内容なんて入ってこなかった。今日が水曜日ということは、土曜日の朝、ルーナに会える。そう考えただけで僕は嬉しかった。

足を探すゲームを始めて2ヶ月ほどが経った。この2ヶ月の行方不明者は5名。足は見つかっていない。森で出会った商人たちは、落ちたビスケットに群がる蟻のように、必死になって探していた。僕はそもそも探す気はなくて、ルーナと森の中を走ったり、泥団子を作って投げ合ったり、木に登ったりしているだけだった。
ある日、また誘拐記事が出た。金曜日だった。ルーナに会えるのは月曜日だ。

月曜日の夕方4時。僕は、中央の森でルーナと合流し、一緒に苗を植えた。

「よし!今日の仕事はこれで終わり!じゃあソーレ行こう!」
「うん!」

手を繋いで、泉を抜けようとした時だった。

「‥‥ノエミ」
「‥‥ソーレ、ここで何してるの‥‥」
「あ、これは‥‥」
「ノエミちゃんも足を探すゲームをしに来たの?」

「あ!ルーナ!」

僕は急いでルーナの口を塞いだ。

「‥‥足を探すゲーム??‥‥嘘よね?ソーレ」
「違うよノエミ!僕はただ、ルーナと遊んでいただけだ。でも、ノエミこそどうして、ここにいるの?」
「最近のソーレ、なんだか様子がおかしかったから、何かあったのかなって思って‥‥そしたら‥‥」

「ノエミ‥‥」
「来ないで!」

僕が近づこうとすると、ノエミは後退りし、目には涙を浮かべていた。

「‥‥ピオが風邪ひいたなんて嘘だよ。ピオのお父さん、地下室に果物隠してたことがバレて、クオーレの人間に捕まったの。誰が話したのか知らないけど。それで代わりにピオが農地に行ってるのよ。ピオは、ソーレが知ったら心配する言わないでって言ってた。まさか、ソーレが誰かに話したんじゃないよね?」

僕はルーナと会った時、ピオがくれたオレンジの話をしたのを思い出した。

「足を探すゲーム?ふざけないで!!こないだ誘拐された子は第2地区の子だったんだよ!」

ノエミは「もう何も信じられない‥‥」と、スカートの裾を強く握った。
そして「ソーレだけは、変わらないって信じてたのに」と言い残し、入口の方へ走って行ってしまった。

僕は、小さくなっていくノエミの背中を、追いかけることができなかった。



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