【短編小説】探しているもの

とても大きな雲が青い空に浮かぶ、昼下がりの公園。
私は今日も、とある物を探している。

「んー、それにしても見つからないな」


私は、大学で生物学を専攻している。
子供の頃はよく、昆虫を探しに森へ出かけた。帽子がどこかに飛んでいったことにも気づかず夢中だった。
初めて見る魚を捕まえようと川へダイブし、溺れかけたこともある。
昔から大体のことは無頓着の私であるが、生物のこととなると、なんとしても自分の目で確かめて、謎を解き明かさないと気が済まない性分なのである。


最近、講義中に不思議な話を耳にした。
四足歩行をする、謎の生物の話だった。
私は、品性のかけらもないなと猛省しながら、どうしても気になってしまい聞き耳を立てた。

「おい、あの話知ってるか。あの四足歩行の」

「あぁ、知ってるよ。田中が見たと言ってたやつだろ」

「こないだは、芝岡公園にいたらしいぞ」

「正体は何なんだ?」

「まだ分かってないとよ」

それは、四足歩行をする何らかの生物であるというところまで分かっているらしい。
話を聞いた私は、誰よりも早くその生物を捕まえようと、大学の後、芝岡公園へ向かった。

芝岡公園は、その名前に反して芝はほとんどなく、土に覆われたグランドはきれいに整備され、子供達がよく野球をしている。
四足歩行ということは、その生物は地面を歩いている可能性が高い。
何色だろう、大きさはどのくらいだろうか。
小さくても、芝ではないから見つけやすそうである。
昆虫だろうか、爬虫類だろうか。

考えごとをしながら地面を見つめて歩いていると、前から歩いてきた誰かとぶつかった。

「これは失礼しました!!大丈夫ですか」

「いやぁ、これは失礼。こちらもちゃんと前を見ずに申し訳なかった」

ぶつかったのは、腰を90度に曲げた年配の男性だった。
「ではでは」というと、また下を見ながら歩いて行ってしまった。

その日、謎の生物は見つからなかった。


次の日は休日だったので、私は朝から芝岡公園に出向き、探し回った。

「いやぁ〜こんなに探してもいないとは」

地面から湯気が立ち込めるような炎天下の12時。
疲弊した私は、木陰にあったベンチでひと休みすることにした。
ベンチの上でキラッと何かが光り、近づいてみるとそれは指輪だった。
交番に届けようかと思ったが、持ち主が戻ってくるかもしれないと、私は、指輪をそのままベンチのシートに置いた。

「さて、もうひと粘りするか」

昨日同様、腰を折り、地面を睨んで歩いていたその時だった。

「また会いましたな」

聞き覚えのある声に、顔を上げると、昨日の男性だった。

「あぁ、こんにちわ」

「ところで、きみはいつも下を見ながらウロウロしとるね。何かをお探しで?」

「はい、とあるせいぶ、、、」

男性に話そうと思い、私は躊躇した。
ここに、まだ人類に見つかっていない謎の生物がいるなんて口にすれば、噂はたちまち広がり、生物学者たちが集まってくるに違いない。それは、私にとって不利な状況になってしまう。
 
「あ、あぁ。ちょっと最近落とし物をしまして。これからは、前を見て歩くように気をつけますね」

「いやいや嫌味を言ったわけじゃない。私も探し物をしていてね。しかし、なかなか見つからんもんだね」

「何を探してるんですか?」

「指輪なんだがね。亡くなった妻とお揃いだったんだが。はて、どこにいってしまったのやら」

「あ、その指輪。木陰のベンチにあったやつかもしれません!」

「あぁ、あそこのベンチはよく座る。てっきり地面に落としたもんだと思っていたが、そうか、外して置き忘れたのか。歳をとると忘れっぽくて困るな」

私が「取ってきます」と言うと、男性も一緒についてくると言った。

「これですかね」

「あぁ、まさにこれだ。ありがとう。君の探し物も、早く見つかるといい」

「はは。私の探し物は、まだ道のりが遠そうです」

「一体、何を探しとるんかね?」

「実はとある、生物を、、、」

私たちはベンチに座り、私はその生物について説明した。

「と、いうことなんですよ」と話し終え、男性の方を向くと、男性は曲がった腰を少し上げ、それどころではないといった感じで私の頭上を見つめていた。

「あの、そんで、昨日からあなたの頭の上を飛び回ってる、そいつはなんですかいな」

私が顔を上げた瞬間、それはヒュルヒュルと迂回しながら、いつもより一段と青い空の奥へ消えていった。
一瞬で、全く見えなかった。

「なんだったんでしょう」



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?