【短編小説】パイナップルの彼女

僕の彼女は、人を野菜や果物に例える癖がある。

彼女と初めて会ったのは、サークルの飲み会だった。
彼女は僕を見るなり「岡田くんって、玉ねぎみたいな人だね」と言ってきた。
僕は確か、言われたことの意味が分からず、2秒ほど固まった後に「それは、褒められてるのかな」と愛想笑いをした。

仲良くなりはじめてから、あの発言はなんだったのか聞いてみたが、彼女は覚えてないと言った。ついでに、野菜や果物が好きなのか聞いてみたところ、「普通」とのことだった。


そして、落ち込む時は「どうせ私は酢豚に入ってるパイナップルだから」と言う。
こうゆう時は大体、人間関係で揉めた時だ。
多分、好き嫌いがわかれる的な意味だと、僕は解釈している。

告白の時は、彼女お得意の食べ物話法を使った。

「僕にとってカナちゃんは、うずらの卵かな。入っていればささやかな幸せどころか大きな幸せ。カナちゃんを見つけると、なぜだかいつも幸せな気持ちになるんだ」

そう言うと、彼女は照れくさそうに下を向いたまま、僕のコートのポッケにそっと手を入れてきて、僕らは初めて手を繋いだ。


彼女は、想像力が豊かな人だった。
少し大人になった僕らは、山奥にある知る人ぞ知るラーメン屋を目指し、車で遠出をした。
ラーメン屋のために旅行だなんて、なんて贅沢で大人な旅なんだ、なんて考えていた。
しっかりチャーハンまで食べて、お腹いっぱいになった僕らは、近くにある有名な神社に立ち寄ることにした。
参拝の仕方を検索する僕と、キョロキョロ辺りを見渡しながら、石段を駆け上がったり、かと思えば降りてきて僕の手を握ったりする彼女。

2拝2拍手1拝で拝礼し、会釈をする僕を、彼女はじっと見つめていた。

「カナちゃん短かったね。なにお願いしたの」

「してないよ。自己紹介だけしといた」

「え、そうなの。僕なんて、就活と健康と宝くじまでお願いしたけど」

「神様も、ここに住んでない人から急にお願い事されても戸惑うでしょ。君は誰だい?ってなりそう」

「神様ってそんなコミュ障なの?」

「神様に何か叶えてもらったことないんだよなー」

こんな感じで僕たちの会話は、ラブラブピンクファンシーなものとはほど遠く、気づいたら彼女のおとぎの国にいる。


彼女は、食に関しても僕とは違う感覚を持っていた。
彼女は、かき氷は嫌いだった。氷を食べているだけだからという理由だった。
ハンバーグに関しては、肉の塊をミンチにしてまた固める意味が分からないと、不可解そうにしていた。
彼女は、しけたせんべえやポテトフライが好きらしい。
よく食べ残した袋を開けたままにし、しけたのを確認すると、満足そうに食べている。
僕にとっては、その行動の方が不可解だったが、その不可解さが面白くもあった。

 
大学を卒業し社会人になった僕ら。
彼女は、打ち合わせの時も例の食べ物話法を披露しているらしく、時々取引先をポカンとさせているという。
水曜日は決まって、"今日までの自分お疲れ会"というのを行なっている。

「水曜日おつかれー!今日は、どうしても美味しい中華が食べたくて、頼んじゃいました!」

「おぉ!いいねー、中華!」

僕は、普段と何ひとつ変わらない態度をとっていた。

「餃子おいひー!」

「ねーー、ビールさいこーだー」

コトンとビール缶を置いた僕の顔を、彼女がニコニコしながら見つめていた。

「なに?」

「んーー、おかしい」

「どうしたのカナちゃん」

「ケイちゃんなんか、元気ない?」

餃子をパクッと口に入れた彼女には、全てお見通しのようだった。

「あ、いや、なんか。社会人って難しいなあって」

「ほうほう」

「僕がいる部署って競争激しくて、みんな言いたい放題でさ。いつもギスギスしてるから、どんな時も笑顔で明るく振る舞ってたんだけどね。他の人からは、ヘラヘラ笑ってるって思われてるんだろうなって、笑顔で過ごすの疲れてきちゃった」

賑やかだった食卓が静かになってしまって、ホカホカだった中華料理も、冷めていくような気がした。

「あ、ごめん。こんな話するつもりじゃ」と、お箸から目線を移すと、彼女は自分のお箸を握りフルフルと震え、今にも弾け飛びそうになっていた。
そして小さな口をムッとつむり、僕の顔を見た。

「でもさ。どんなに甘い玉ねぎだって、土から引っこ抜いてそのまま食べろなんて言わないでしょ。きれいに洗って、髭も取って、皮だってめくって、味をつけて。だからケイちゃんがしてることは、間違ってないんだよ!」

目の前の彼女はいたって真剣なのだが、前髪をひとつに束ね、おでこを出すその姿はまさにパイナップルのようで、とても可愛くて、僕は思わず笑ってしまった。

「ふふ、ありがとう〜〜」

「なんで笑うの?!」

「はい、パイナップルあげる。僕、酢豚に入ってるのは嫌いだから」

「うわー!嫌われたーーー!」

僕のために、こんなにも怒ってくれるパイナップルの彼女。
少し変わった人だけど。

これは、とってもとっても愛しい、僕の彼女のお話。




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