【短編小説】異常である

私は宇宙人である。
正確に言うと、私自身は宇宙人である自覚はないが、この星の生物たちは、外部の星で生きる生物を宇宙人と呼んでいるらしい。

私たちがこの星を発見したのは、今から5年前。
研究員の1人が、宇宙空間を観測中に青い星を見つけた。
なぜこんなにも青いのか調べてみると、それは海の青さだということが分かり、私たちはその星を海星と呼んでいた。
さらに調べてみると、海星には、私たちとよく似た外見の二足歩行の生物が存在するという。

新しい星を見つけた場合、そこで暮らす生物の攻撃性を調査するため、1人の潜入捜査員が送られるルールだ。
そしてその捜査員に私が選ばれた。

今では少し見慣れたが、初めて海星に足を踏み入れた時、私はひどく驚いた。
彼らは本当に私たちとよく似ていた。
耳馴染みのある音葉を使い、器用に手足を使い分けて生活しているようだった。
異なったのは色くらいで、海星には、黒い瞳に黒い髪をもつものが多かった。
大まかな顔の造りは似ていたが、私たちと比べると、目は細く、鼻は低く、少し平面のように感じた。

そして潜入開始から3ヶ月ほどが経ち、気づいたことがあった。
この星の生物たちは、いや、この星は、異常である。

異常なほどに街が綺麗で、異常なほどに時間に正確で、生物たちは異常なほどに向上心を持っている。
それが共通認識かのように、皆がそれを平然と行なっているのだ。

ゴミ箱はどこにも見当たらないが、街にゴミはひとつも落ちていない。そして火バサミを持った清掃員らしき生物が、街を巡回している。

電車がほんの5分遅延すれば、遅延証明という小さな紙が発行されるらしい。大勢集まっていたので私も受け取ったが、使い方は分からなかった。

以前建物が揺れた際、私は激しい動悸とめまいに襲われた。地面が揺れるなんて、初めての経験だった。
しかし周りの生物たちは、皆、恐ろしいほどに冷静だった。
そして自分のことは後回しにして、周りを気遣い、私の背中をさすってくれた。
聞いたところ、この星の建物は非常に頑丈に造られており、少しの揺れくらいなら耐えられるのだという。
「大丈夫だよ」と言ってくれた同僚のおかげで、私は正気を取り戻した。

近くのスーパーでは、「さらに美味しくなって新登場!」の文字をよく見かける。
彼らは、会話の中でも「改善」という言葉を良く使う。
ひとつの物事について、何度も研究をするのが好きなようだ。

まるで誰も気にしないであろう、誰からも感謝されないであろう細かなところも手を抜くことはない。この星は、おかしなことばかりだ。 


「Mくん、久しぶりだね。潜入捜査の調子はどうかな」

「はい。特に変わった様子はありませんが、少し気になることが」

「何かね」

「正直に申し上げますと、この星の生物たちは異常だと思います」

私は、3ヶ月間の記録を伝えた。
教授は私が話し終えるとようやく口を開いた。

「君はそんな彼らを見て異常だと、おかしいと感じたんだね。君にとっては、初めての体験だった。我々の星ではあり得なかったことだから。初めてのものに出会い警戒してしまうのは、生物のさがでもある」

「はい」

「話を聞いていると、こちらの星には無い、新しいものが多いようだね。
新しいものが生み出される時、私は、その前には何か失敗があったのではと考えたりするよ。そして失敗が多いほど、その星も、そこに住む生物たちも強くなる」

「はぁ」

「君が異常だと感じたその星は、もしかしたら多くの涙を乗り越えてきた星なのかもしれない。今我々が見ているのは進化の結晶なのだ!、、なーんていうのは、私のただの想像なんだが」

教授はそう言うと、かけていた眼鏡を外し、胸ポケットの布でガラスを拭き始めた。

「きっと、異常だと一言で片付けてしまうのはもったいない。そのまま調査を続けてくれたまえ。少し知ろうとするだけで、見えてくるものがある」

私はそっと、カバンの中でグシャグシャになっていた遅延証明の紙を取り出し、しばらくそれを見つめていた。


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