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【短編】僕は「悲しい」を強く感じてみたかった

僕は「悲しい」を強く感じてみたかった

             若津仰音・作



それは嘘から始まった。


よく知らない国のよく知らない言葉を話す金持ちが、僕の祖国を襲撃したという虚構を、メディアは指示通り放送した。


僕の父は祖国の命令によって、兵士としてあくる日から、そのよく知らない国へと派遣された。


半年後、父が死んだという知らせが入った。父はよく知らないその国の監視所で、よく知らない人たちで構成されたゲリラ部隊によって襲撃され殺された。遺体は見つからなかったと聞いている。


母が電話の前で泣き崩れる姿を、リビングのソファから見ていた。リビングのテレビでは、コメディアニメの主人公が黄色い顔をしてテーブルに並んだホールケーキをひたすら食べ続けている場面が流れていた。


葬儀は家族だけで執り行った。父の架空の遺体は、近くの湖のほとりに埋葬された。
母はその三年後に脳卒中で死んだ。母の遺体も、その湖のほとりに埋葬した。


日は暮れ、月が浮かび、星は流れ、また日が昇る。
湖のほとりにある家で、僕はひとり歳をとっていった。



父が死んで十二年、母が死んで九年が過ぎた頃、僕はなんとなく思い立って、両親の墓へ足を運んだ。墓石に刻まれた二人の名前を指でなぞってみた。でこぼこした冷たさを指先に感じた。

何か言おうとして口を開けたら、白い息がハッと散った。

今度は自分の指目掛けて温かい吐息を吐こうとしたら、むせてしくじってしまった。



僕は気付いたらひたすら泣いていた。
目の前が涙の湯気で見えなくなっても、僕は墓の前で泣き続けた。


ああ僕は今、悲しんでいるんだなと思った。
こんなになるまで悲しんでいた自分が愛おしくなって、また泣いた。



辺りが暗くなっていることに気が付いて、白い吐息とともに空を見上げたら、見たこともないほどの星雲が、悲しみに埋もれた僕の心を、大きく大きく包み込んでいた。



【YouTubeでは朗読もやっています (ここクリックすると動画に飛べます)】



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この作品についてetc


「悲しみ」のことを
「死」と同じくらいに
忌み嫌う人が多いですが
「悲しみ」という感情もまた
ただの「感情」のひとつです。
「死」も
ただの「愛すべき生」の一部です。


“すべての感情を
 体験として味わえる歓び”


結局そこに行き着いた人は
しなやかで強いと思います。

私の好きな曲のひとつに、
斉藤和義さんの
「どうしようもない哀しみに」
という曲があります。

その曲の中で

「ただ感じるだけ それでいいじゃないか
 ただ感じるだけさ それじゃ不満なのかい?」

という詞が出てきます。


高校生の時に
この曲をラジオで聴いて
たいへん泣いたのを覚えています。


この短編小説は
その曲からヒントを得て
描いたものではないですが
でもなぜか
この小説を読み返す度に
その歌を思い出します。

ここまでお聴きくださり
また、お読みくださり
ありがとうございます。


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