【短編】親友謳歌
親友謳歌
若津仰音・作
「裕美子からの年賀状見た?陽斗くん裕美子にますます似てきてたぜ、もう三歳だってな」
「ああ、興味なしだわ」
毎週水曜日の昼休みは、職場が近い千紗都といつも待ち合わせして、近所の店へランチに繰り出す。三ヶ月前にオープンした噂のイタ飯屋に、今日ようやく足を踏み入れた。ここのオススメはカルボナーラだということで、俺がそれを注文し、千紗都は牡蠣と芽キャベツのペペロンチーノを頼んだ。
「やっぱカルボナーラ美味しいね、次来たらそれ頼もっ」
シェア食いが好きな俺達は、いつも必ずお互いが違うメニューを頼むようにしている。一度の来店で二種の味が味わえるのが二人で来る醍醐味だと、俺も千紗都も固く信じている。
「高校のとき裕美子と一番仲よかったのって千紗都じゃん?」
年明け一番のランチの話題が年賀状とは俺自身爺臭いと思ったが、千紗都も懐かしがって喜ぶと思いこの話題を振った。だが、あっけなくスルーされてしまい若干憤る。
「もちろん仲よかったし、今も連絡取ってるけど、裕美子と友達なだけで、裕美子の子供とは友達でもなんでもないもん。年賀状だって、裕美子の近況が知りたいのに、子供の写真付き送って来られても困るよ。だってさ、もしも友達から、その友達の両親の写真が印刷された年賀状送って来られたら、ナニコレ?ってなんない?なんでその写真が子供だったらみんなナニコレ?ってなんないわけ?」
たしかに、友人の両親の顔が印刷された年賀状など、欲しくはない。興味がわかないばかりか、こんな年賀状を送ってくるなんてどういう意味なのだろうという不信感すら抱いてしまいそうだ。
「お前って、ほんと面白い奴だよな」
「雅人がつまんないだけだよ」
「俺みたいなつまんない奴がいるおかげで、お前みたいなのが引き立つんだろ」
「引き立っちゃうほうの身にもなってよね」
このお決まりの遣り取りは、確か中学のときに生まれたセリフだ。
中学のときの千紗都にも友達はたくさん居たが、昼休みだけは誰とも一緒に過ごさず、決まって屋上でひとり、弁当を食ってた。なんでわざわざひとりで食うのか訊ねたことがあった。
「疲れるんだよね、話が詰まんな過ぎて」
それこそつまんなそうにそう言うと、すっと立ち上がってフェンスのほうへ歩き出した。栗毛のポニーテールをふわふわ風に靡かせながら、運動場を見下ろしている。
「雅人もそうなんじゃないの?だからわざわざここに来るんでしょ」
そう言ってちらっと俺を振り返ると、またフェンスのほうに向き直って背伸びした。
「別に俺は…」と否定しかけたのだが、千紗都の言う通りなのかもしれないことに十分気付いてはいたから「まあ、そうかもな」と言い直して溜息をついた。
ゲームにも恋愛にも、男同士の謎のじゃれ合いごっこにも興味のなかった、むしろ嫌悪感すら抱いていた俺にとって、クラスメイトと過ごす時間が苦痛ではなかったというと嘘になる。
俺は空を見上げてまた溜息をついた。もやっとした心境とは裏腹に、雲一つない晴天が広がっている。空の底が青く深い。そんな上空をでっかい羽した白い鳥が悠々と横切っていった。
「あーあ、俺も鳥みたいに空飛べたらな」
座ったまま背伸びしてそんなことを呟いたら、千紗都が振り返ってこう言った。
「やだよ。飛べちゃったら、ここから飛び降りても死ねなくなるじゃん」
俺はその言葉にぎょっとした。
「急に何言い出すのよ」
「さあね」
「さあねじゃねえっしょ」
「芥川がね、旧友に宛てた手記の中で、水泳のできちゃう僕は入水自殺では死ねなそうだわ、みたいなことを書いてるんだよね。それ読んだとき確かにそうだわって激しく同意した」
こういう発言を耳にする度に、千紗都の読書好きは本当にこいつのためになっているのかと疑ってしまう。
「芥川か神田川か知らねえけど、お前自身はどうなんだよ。死にたくなったりとかするのかよ」
「私が死にたいかどうかなんてどうでもいいよ」
千紗都は呆れた顔して俺を見遣った。
「人はみんな、ひとり残らずみんな、全ての物事に対して、結末を求めてるの。本当はみんな、人生の結末を、今か今かと待ち望んでる。どんな一日にもちゃんと終りが来るように。どんなプロジェクトにも、ちゃんとエンドがあるように。自分たちの生にも、ちゃんと終わりがあることに、心の奥底では安心してるの。終わりのない映画が面白いと思う?ゲームセットしない試合が楽しいと思う?終われないなんて、絶望的だと思わない?」
千紗都はそう付け足すと、空を見上げて大きく深呼吸した。さっき見かけた白い鳥は、もう頭上から消えていた。
「青いね、空。青過ぎ」
そう言ってひとりでころころ笑った。
「お前って、ほんと面白いやつだな」
「雅人がつまんないだけだよ」
「うっせえわ」
結局卒業するまで、屋上での昼休みは続いた。
十二時四十五分。
飯も食い終わって、二人外に出ると、思いの外太陽が眩しくて、顔をしかめた。
千紗都が俺の顔を見て少し笑う。小春日和の空に向って「青過ぎだよな」と呟いたら
「おかげで映えるよね、太陽」と呟き返された。
二人とも背に午後の日差しを受けながら、テイクアウトしたエスプレッソ片手に、歩き出した。
【YouTubeで朗読してます (ここクリックすると動画に飛べます)】
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あとがき (朗読に関して)
太宰治の『親友交歓(こうかん)』に寄せたく
『親友謳歌(おうか)』と題し
それだけに留まらず、
朗読冒頭で"しんゆうコウカ"と
発音まで交歓に寄せてしまってます。
正しい発音ではないので
一応明記しておきます。
すみません😌
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