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第18回 第二章 (『ノラら』堀戸から見た世界 ) ~彼らの自作自演の出来事に、身を委ねるしかなかった~

『ノラら』
第二章:堀戸から見た世界
第十八回



ほとんど暗闇同然のようになった場内で、
中心に設置してあった球体に
仄(ほの)かなオレンジ色の灯りが
ともっていることに気付いた。
球体からはオルガンか何かの
連続的なリバース音が鳴り響き始めた。


球体は不規則なリズムで
強烈に発光したり、
少し光を弱めたりしている。


この光の動きに連動して
抑揚のあるリバース音が反響している。
その球体が
強烈に発光しているときの姿は、まるで
巨大な蟹クリームコロッケのようだった。


巨大ではあるが
コロッと愛らしい容姿に
カラッとした衣感

——僕の母がつくる蟹クリームコロッケは
 いつもピンポン玉のように
 丸かったのだが——

それを思い出させるような
細かな凸凹感のある投影具合に
逆に驚かされた。
多分それは
内部から発光しているのではなく、
いや、内部からも多少光を乗せつつ、
そこにマッピングを施している
という感じだ。


その間も球体からは
ビートレスで夢見心地なリバース音が
連続的に溢れ続けている。
そこへ輪郭を伴った木琴のような打楽器が
フェードインしてきて、
その弾んだリズムを取り囲むように
パーカッションが
わいわいと彩るように行進し始めた。


この新しく生まれた律動に乗って、
場内中央の
巨大な蟹クリームコロッケの前方から
小さな粒が一粒、飛び出たのが見えた。
同時に音楽も
その小さな粒に
乗り移ったことを僕は感知した。


徐々に膨らんでいくその粒の下方が
三輪車のような形に
変型したのを認識した次の瞬間には、
粒の上半身がゴリラの頭になっていた。
それは、
まさに三輪車を漕ぐゴリラとなって、
音楽とともにゆっくりと
ステージの方へ漕ぎ進んでいく。

三輪車を漕ぎながら、
ゴリラはなにやら
鼻歌を唄っているらしく、
頭を揺らしながら
唇を突き出したり
引っ込めたりしている。

徐々にトランスチックに仕上がっていく
音楽に合わせて、
三輪車に乗ったゴリラは
前方のステージに近づくごとに
どんどん巨大化していった。



最終的に
ステージ一面に膨れ上がった
三輪車ゴリラとその音楽は、
数秒間だけ
真珠色に輝く巨体へと変容した後、
虹色の微細な飛沫となって
はじけ散った。

それと同時に
音楽として纏まりのあったはずの音が、
ステージ外へ粒となって
飛び散っていく様子を肌で感じた。



音楽が消え、無音状態になったあと、
一種の閃光に包まれた
前方のステージ上からは、
新たな音楽が溢れるように流れ出てきた。
それはまるで
さっきからずっと
演奏し続けていたかのような

——例えば路上で
 弾き語りをしている人の演奏を
 自分は既に路上の数メートル前から
 聞こえてはいたので
 弾き語りの人の前で立ち止まる前から
 知っていたというような——

そんな始まり方だった。
閃光の向こう側には
きっとピールたちが
立っているにちがいなかった。



この未知的な違和を伴う演出に
対峙させられて、
僕ら観客たちは
歓声を上げるどころではなかった。
ただ前方のステージを
呆然と見つめることしか
出来なくなっていた。


言葉にしてしまえば、
蟹クリームコロッケのような姿をした
巨大な球体から生れ出たゴリラが
何故か三輪車に乗っていて、
そいつが音楽を発しながら
ステージへ進むごとに巨大化し、
最後にははじけ散ったというだけの
演出であるはずなのに、
体感はそれとは違っていた。


まるで僕らの脳はピールに
ジャックされてしまったかのように、
目前のピール自作自演の出来事に
身を委ねるしかなかった。


僕の隣で顎をだらしなく押し下げて
呆気に取られている紗英さんの顔が
目に入った瞬間、僕は、
吉岡さんはこの演出を
どう感じているだろうと思った。
彼は、ライブについて
今夜僕らと対等に
感想を述べ合うためだけに、
急遽遠隔観賞チケットを
買ったと言っていた。
今頃どこかから
この様子を覗いているはずだ。



僕はこの演出が
VRグラス越しに
完全に伝わっているとは
どうしても思えなかった。


それは例えば、
夢の中でどこか素敵な
見たこともない場所で
いろんな出来事を体験したのだけれど、
夢から醒めた途端、
そこで感じ得た色彩や音や
エネルギーのようなものが、
一瞬で消え去ってしまい、
どうにもうまく思い出せず、
仕舞には大した夢じゃなかった気さえ
してくることと似ている気がした。



【YouTubeで見る】第18回 (『ノラら』堀戸から見た世界)



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【noteで読む】第19回 (『ノラら』堀戸から見た世界)


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