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「コイザドパサード未来へ」 第18話

横井さんを見送った後、宿に戻って温泉を満喫した。
アキラと一緒にお風呂に入るのは久しぶりで少々照れたけれど。
裸で一緒にお風呂に入るのは小学生以来だから。
互いに背中を流しあって、露天風呂に入った。
父さんもアキラも少し疲れた顔をしていて、口数は少ない。
温泉に入ったら、急に疲れが出てきたようで、眠くなってきた。
僕はフーッと安堵したような、眠気を吹き飛ばすようなため息をつき、
空を見上げる。
いくつもの星がそれぞれの存在を教えあっているように瞬いている。
三日月は空に寄り添うように、まるで僕らを見守っているように光を纏っている。

脱衣所で浴衣に着替えて、部屋に戻った。
アキラは部屋に戻った途端、部屋の畳にゴロンと寝転がる。
どっと疲れが出たようで、床に大の字になり、目を瞑って横になっている。
今日は本当にみんなでよく頑張った。
静かな達成感と、終わったのだという安堵感。

疲れていたので、多くを語らず、僕らは宿のご飯を食べた。
アキラも少しの疲れは見せていたが、美味しそうにテーブルに並べられた刺身を頬張っている。

僕はというと、実は少し落ち込んでいる。
だめだ。「修復できないかもしれません」という父さんの言葉が頭から離れない。壊れたレコードのように、その一文がずっと何度も頭の中で再生されている。
父さんも静かに、美味しそうに食事を口に運んでいる。
今は聞くべき時ではないかなとも思うけど。

もしかしたら、僕の両親は別れることも考えているかもしれない。
一気に現実を突きつけられた感じ。
一難去ってまた一難。
人生には悩みが尽きないというが、本当だ。
なんでこう中学生の僕に難題が次から次へ降りかかるのだろう。

もう少し待って、父さんとふたりになった時に聞こうか。
うーん、駄目だ。それまで待てないかも。
意を決して、父さんに聞いてみた。
「今日、修復できないかもしれませんって横井さん話していたけど、母さんとの関係ってそんなに修復が難しいの?」
突然の僕のダイレクト過ぎる質問に父さんもアキラも驚いている。
アキラは驚きすぎて、箸で刺身を掴み損ねている。
あっ。刺身がテーブルに落ちてしまった。
「実は4年前もうまいくいってなくてね。父さんがいない4年間で状況はすっかり変わってしまったけど、簡単には修復できないよ。少しずつ、これからどうしたいか話し合いは続けているよ。もう少ししたら、ミライにちゃんと話をするから」
父さんは今言えることのできる範囲で、精一杯伝えてくれたと思う。
僕は頷くことしかできなかった。

翌日、僕らはあの金色の点を再度確認することにした。
父さんがゆっくりと床を傷つけないようにクローゼットを動かしていく。
あっ。昨日と同じ場所にまだある。クローゼットの裏の壁に点が見える。

もしかしたら、将来、またこの部屋に泊まった誰かが、これを見つけてあの世界へ行ってしまうかもしれない。
家族が離れ離れになってしまうのを阻止しないと、僕たちの手で。
金色の点を前にして、僕たち3人はしばし無言になる。
これ、どうしたらいいのだろう。
僕はその金色の点に手を伸ばし、そっと消そうとしてみる。
人差し指で点の輪郭をなぞっていると、一瞬金色がまばゆく点滅して光り、すぐに後忽然と消えてしまった。
跡形もなく、点は消滅した。まるで今まで存在していなかったように。
僕たちはお互いを見つめあい、静かに頷いた。
うん、これでいいんだ。
もう、誰もあの世界に行くことはないと思う。

父さんがチェックアウトをしている時に、アキラが
「旅館の女将に一言、言ってくるわー」と言い出したので、僕は「待て」とアキラの肩に手を回してそれを制した。
多分、人生には見て見ぬふりしなきゃいけないこともある。
この温泉旅館で2人も失踪者が出たこと、それを女将さんは多分気づいていたこと。
これらについて女将さんに突きつけたい気持ちは痛いほど分かるけど。
僕らに責められても、きっと女将さんは白を切るだろう。
何を言っても、通じないかもしれない。
アキラはミライがそう言うなら、まあいいや、と意外とあっさりしている。
「ありがとう、アキラ」と言うと、「おう」と照れたような笑顔を見せる。
正義感が強いなあ。
勇者アキラ。今回のこの旅にアキラがいてくれて、本当に良かった。

こうして僕たちは宿を後にした。
女将さんと何人ものスタッフがとびきりの笑顔で見送ってくれた。
僕たちも笑顔でバイバイと手を振った。
言いたいことを言わないで去る僕らは少しだけ大人になった気がした。

帰りの電車の中でアキラに
「あの金色の点は何だったか、気になっているのだろう」と言われた。
さっきから黙っている僕を気にして、気遣ってくれている。
この世界には科学的じゃないこと、言葉で説明できないことがたくさんあるから謎は謎のままでいいんじゃないかな、と。
アキラが思うに、あの金色の点は家族で悩んでいる人の前に忽然と現れたんじゃないかって。たまたま横井さんとミライの父ちゃんがあそこに出くわしてしまい、偶然が重なって、あの世界に行ってしまったのだ、と。
アキラらしい解釈だ。そうなのかもしれない。

家に帰ると、母さんがおかえりと言って僕たちを迎えてくれた。
父さんからお土産の干物を渡されて、母さんはとても喜んでいる。
鯵の干物、母さん好きだからね。

ふたりの笑顔を見て、また父さんの言葉を思い出してしまった。
この人たちはまだまだ夫婦の関係を修復中なのだ。。。
そんな風には見えないけどなあ。
帰りの電車の中でも僕はずっとふたりのこれからについて考えていたのだけど。
家族3人の生活を失ってしまうことを考えると、つらい。
こんなに仲が良く見えるのに、もし家族が離れ離れになったらと考えるだけで叫びそうになる。

雑音というかネガティブな考えが渦巻いて、心の中が騒々しい。
母さんは静かに自分の部屋に行こうとする僕を見て
「ミライは静かだね。どうしたの?」
と声をかけてくる。

あなたたちのことを心配しているんですけどぉ。と思わず心の中で雄叫びをあげた。
中学生の悩みが親の夫婦仲って、どう考えてもおかしいでしょ。
もはや誰にツッコミを入れているのか、分からない。
母さん、苦しくて僕は発狂しそうです。

「疲れたからもう寝るね」と言って、部屋のドアをそっと閉めた。


(つづく)


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