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「コイザドパサード未来へ」 第17話

アキラに強く体を揺すられてハッとして目覚める。
目の前にはあの時と全く同じ形をした光り輝く扉がある。
隣に目配せをして、手をつないだ。
金色に縁取られた扉の輪郭は点滅しており、扉を見つめながら、僕らはそっと心の中で念じた。
いざ、横井さんのところへ。

体が浮いて、ゆっくりと扉が開いた。
扉を通り抜けると、目の前には黄金に光り輝く草原が広がっていた。

隣のアキラは
「すっげえ」と言いながら、目の前の景色をゆっくりと見渡している。
またこの世界に戻ってくることができた。

「アキラ、ここは時間の感覚がない世界だから、長居することはできない。
とにかく早く横井さんを見つけて、話をしなきゃ。
声に出して言うよ。横井さんのところに連れてってください」

再び、僕らは手をつないで先へ進む。
進んでも、進んでも横井さんはいない。

隣のアキラは「俺が向こうを探してくる」と勢いよく、飛び出していった。

あっ。落ち着いてくれって思った時にはすでに先を走っている。
視界からアキラが消えていった時、さすがにまずい、と思った。

アキラ、アキラ、聞こえるか。
心の中で呼びかける。
向こうが僕のことを思ってくれたら、僕らは会話できる。
焦りつつもここで僕が落ち着かないと、と自分に言い聞かせる。
静寂が続いた。しばし待つ。

「ミライ、どうしよう。今、どこに向かっているか分らない」
突然の慌てた声にすかさず応答する。
「一旦、止まって。落ち着いて。今来た道を戻って来て」
「分かった」

僕も歩みを止めてアキラを待つことにした。
戻ってくる姿を見た時は、本当に安心した。
僕はアキラをぎゅっと抱きしめる。
ここで僕らが離れ離れになって家に戻れないとか洒落にならないから。
「置いてくなよ」
アキラも僕を強く抱きしめる。
うっ。押し潰されそうなくらいに強い力だ。

焦りは禁物。落ち着いて行こう。
僕らは再び並んで歩き出した。
ゆっくりと一歩ずつ進む。

さらに僕は心の中で念じた。
横井さんに会いたい。会わなくちゃいけない。
会わせてください。お願いします。
繰り返し、繰り返し、呪文のように唱えた。

ただひたすら続く草原の先には、春のような花が咲いている。
アキラはその美しさに目を奪われた様子で珍しくおとなしい。
綺麗な景色を見ながら、先へ先へと歩みを進める。
そしてついに、視界の先に動く人影を見つけた。

僕は無我夢中で叫んだ。
「横井さんですかあ?」

人影はこちらを振り返って
大きな声で「そうです!」と答えてくれた。
アキラと僕は飛び上がって喜んだ。
第1ミッション完了。
横井さんに会うことができたー!!!

横井さんはそんな僕らを不思議そうに眺めながら、
「光司さんの息子さんですか?」と聞いた。
僕は「そうです」と答えながら、お互いの顔が見えるまで近づいた。

光司(こうじ)さんとは僕の父の名前だ。
遠くから近づいた僕たちがすでに誰か分かっているので、こちらが想像した以上に話が早い。
父さんがいなくなったことが分かり、家族の元に帰れたのだろうなあと予想していて、もしかしたら、自分を探しに誰かが来るかもしれないなあ、とまで考えが及んでいたらしい。
とても勘のいい人だ。

僕はとことん話を聞くつもりでいた。
横井さんが悩んでいたことを父さんから聞いていたから、父さん不在の僕の気持ち、家族の気持ちを代弁する気持ちでここまで来たのだから。

「光司さんがいなくなってから、私もずっと悩んでいたのです。家族の元に帰るべきか。でもいざ帰ろうとなると、不安になってしまって。光司さんは今、どちらにいますか」
「旅館の部屋で待機しています」
「可能であれば光司さんと話をしたいのですが」
「分かりました。父と交信してみます」
僕は父さんを思いながら、話しかける。
「父さん、ミライだけど。横井さんに会えたんだけど、横井さんは父さんと話がしたいって言っている。どうしよう」
「そうか。そっちに行った方が良さそうだね。行くから待っていて」
父さんも予想以上に察しが良く、行動が早い。

5分なのか、10分なのか、全く分からない。
ここでは時間の感覚がないから。
僕たち3人は父さんが来るのを待った。

父さんはヒーローのように悠然と登場した。
「横井さん」と手を上げながら、微笑んでいる。
安堵した横井さんの顔を見ると、僕らも安心した。

「光司さんは家族の元に帰って、悩み事は解決しましたか。
どう自分の気持ちと折り合いをつけましたか」
「まだ完全に悩み事は解決していません。今、いなくなった時間を埋めるように家族と向き合っています。自分が答えを出すしかないから。修復できないかもしれません。でも何年かけても分かるまで自分の心に問いかけます」

横井さんは静かに父さんの言葉を聞いている。
父さん以外はみんな、口開くことなく、その場に佇んでいる。

僕は「修復できないかもしれません」という父の言葉に引っかかってしまった。自分が思う以上に父さんと母さんの夫婦仲は良くないのか。
自分が気づいていなかっただけで、ふたりで話し合いをしているのだろうな。急に大きな黒い影に心と体を飲み込まれたような感覚に襲われ、心が沈んでしまう。

父さんの言葉は続く。
「変えられるのは自分と未来だけってよく言われているけど、それを実行するのは難しい。できるか分からないけど、やるんです。腹を決めて、悩みに向き合うって決めたので。まずここを脱出することが腹を決めたってことだと思うのです」

父さんの言葉には力がある。経験した人の声だからだ。
横井さんと父さんがこれまで何を話して来たか、想像することしかできないけど強固なふたりの信頼関係を目の当たりにしている。
強い眼差し。父さんは頷きながら横井さんをまっすぐ見つめている。

横井さんは目を閉じながら、しばし考え込んでいる。
ここは待つしかない。
僕は横井さんが家族の元に帰る決断をしてくれたら、と心の中で願った。
どれくらいの時間が流れたのか、分からない。
ほんの一瞬だった気もするし、永遠だったような気もしている。

「私もここで腹を決めました。家族の元に帰って、正面から向き合うことにします」
横井さんは高らかに宣言するように、僕たちと一緒に帰ることを決めた。
まるでスポーツ選手が手を挙げて宣誓するような、爽快で心のこもった決意だった。
父さんは大きく優しく頷き、横井さんもまっすぐな目で頷き返す。
こういう時、言葉は要らないようだ。

次のアクションに向けて口を開こうとした時、素早くアキラが
「では、すぐにでも一緒に帰りましょう」と言った。

こういう時のアキラの反応は早くて、的確だ。
ここでは時間の感覚はないが、向こうでは時間がどんどん進んでいるから。
そうだ、すぐにあそこへ戻ろう。

僕たち4人は、戻るために、黄金の草原で光る金色の点を探すことにした。
辺りを見回しながら進み、最初に来た道を戻っていく。
並んでただただひたすらまっすぐに進む。

アキラが「あっ」と声をあげ、点滅する光を指差す。
やったー。帰り道をようやく見つけることができた。
僕らは手を伸ばし、互いの手をぎゅっと握りしめ、
「元の世界に、あの旅館に戻してください。お願いします」とつぶやく。

つないだ手を握りながら、ただひとつの願いを頭の中で念じる。
不思議なことに、隣でみんなが同じように想っているのが分かる。
金色の点は大きくなり、僕たちを飲み込んでいく。

気がつくと、旅館の部屋に横たわっていた。
横井さん、アキラ、僕と父さん。

みんな無事にこちらの世界に戻って来ることができた!
喜びをかめしようとした矢先に、
アキラが大声で
「横井さん救出!ミッション完了」と叫ぶ。
その声を合図に、僕は蓑虫のようにゴロゴロと寝転びながら、アキラに突進していく。アキラも僕の方へ体を向けて転がってくる。
何の遊びか分らないが、僕らなりの嬉しさを体で表現する。
横井さんは父さんに向かって頭を下げながら、言葉にならない声をあげている。
父さんはそんな横井さんの手を握りながら、
「おかえりなさい」と声をかけている。

そんなふたりの姿を見て、僕はあの時、父さんに言い忘れていた言葉を思い出した。
『そうだ。おかえりなさい』だ。
4年ぶりにこの世界に父さんが戻って来た時に最初に言ってあげたい言葉だった。
そんな当たり前の言葉を僕はなぜあの時、かけられなかったのだろう。

「僕からも言わせて。あの時言えなかったから。
横井さん、父さん、おかえりなさい」

横井さんと父さんは頷きながら、涙ぐんでいた。
アキラは隣でそんな僕たちを見て、優しく微笑んでいる。

それから僕たちは横井さんを駅で見送った。

家族は突然の帰宅に驚くのだろうなあ。
そして再会を心から喜ぶだろう。
横井さんは家族のことでおそらく何かを深く悩んでいたのだと思う。
何があったのか、すべてを知りたいとは思わないけど、これから向き合っていくのだろうなあ。
見送りながら、横井さんと家族の幸せを切に願う。
人生、そりゃ色々あるだろう。
でも願うしかないから。この家族の幸福と喜びを。
明るい未来を。

僕は今日のこの日を一生忘れないようにしようと思いながら、
横井さんの背中が小さくなって、影が電車の中へ入るまで見送った。

アキラは無邪気に救出完了って言っていたけど
本当に横井さんを救出して良かったのかどうかは分らない。誰にも分からないと思う。
すぐにじゃなくても、何年か経って横井さんと横井さんの家族がそう思ってくれたなら、うれしい。
僕たちは今できる最善のことを信じて、行動した。
いつかあかりちゃんが言ってくれた言葉を思い出す。
「今を精一杯、後悔のないように生きる」
今出来る、最善で最高の決断だったと信じるしかない。
もし今日やらなかった場合に、未来の僕が抱くかもしれない後悔とため息を消し去ることは出来たんじゃないかな?

ここから、また家族の始まり。
新しい家族の始まり。

家族の元に帰っていく人を乗せた電車は動き出した。
横井さんは、帰りの電車の中で目にする、あの太陽に照らされてキラキラ光る海をどのように眺めるのだろう。
あの風景が横井さんにとっても明るい、希望のようなものでありますように。

目を閉じると、浮かんでくる、記憶の中の風景が。

青空に光り輝く太陽と
お日様の反射で煌めき、ユラユラと揺れる波たち。

(つづく)

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